東京のオリンピック招致はいつから総動員になったのであろうか。
今日は休みだったので朝からいろいろテレビを見ていたのであるが、どの番組を見ていてもオリンピック招致活動を報道しているのか広報しているのかわからない。そもそも招致を広報するタレントをあれだけ動員しているのだから、何もマスコミが盛り上げる必要などないのである。
ではなぜマスコミは情報番組や報道番組でまで盛り上げ役に走るのか。サッカーやオリンピック、最近ではWBCなど世論は国の代表戦だと案外一致団結して盛り上がりやすい。それは逆に普段与党と野党とか、国内リーグのチームとか、内部で対立や競争があるのだが、どこかで団結したいと思っている節があるのだと言える。マスコミもそこに気が付いているし、何よりマーケティングに関わる人間がそれをよく知っている。「応援する→盛り上がる→イメージが上がる→関わっているものが売れる」という流れはすなわち最大のマーケティングである。イチローがメジャーの1チームで活躍するのもボチボチ売れるが、日本代表で活躍してアメリカや韓国をやっつけたほうが桁違いに売れるのである。
マスコミはスポンサーにより成り立っている。あの公共放送でさえ最近はそのマーケティングにうまいこと乗っている。「ちい散歩」(ANB)のように小紀行番組かと思っていたら(かなり不自然だが)スタジオで普通に通販グッズを褒めちぎるCM番組になっている。番組制作費がおよそスポンサー次第になっている近年の番組制作においては、スポンサーが広告費を出し続けてくれるかどうかが番組存続を決定的にし、単に視聴率や聴取率が高くなるだけでは良しとせず、その高い時にいかにスポンサーの商品を露出できるかが勝負となる。盛り上げてCM突入など序の口で、盛り上げてCMが明けるともう一度盛り上げでもう1回CMなどというしつこい手もあり、その調子でクライマックス=終了間際に短い番組とCMの応酬となる事もゴールデンなどではよく見られる。ついでにまだ続くと見せかけて次回予告だったりして、次の回も見てもらえるようにしつつギリギリのところでCMかスポンサーバックとなる。
要するにマスコミは番組制作費を稼ぐ手段としてスポンサーを使っていたはずなのだが、いつしか主客転倒となりマスコミがスポンサーに支配されている。サラ金のコマーシャルに出るなんてタモリらしくないと言われているが(タモリらしさというスジがあるのかどうかは本人に確認しないとわからないのだが)、「タモリ倶楽部」(ANB)のような自由な番組がある程度視聴率が高いのにもかかわらず時々番組スポンサーがなくて、スポンサーを付けるためにCM出演を決めたんじゃないかなどと想像してみたりする。
そんな関係ではもはやマスコミュニケーションではなく、マスアドバータイズメントであり、すなわちプロパガンダにいつでも転向できるというかすでにそうなっているのがこの総オリンピック広告ではないかと感じる。反対運動の様子をチョロッと映したかと思うと、その人たちがIOC委員に見えないように随伴バスで隠したなどと「でかした」風にナレーションが入ったりする。「もてなし」で「上機嫌のように見えた、好感触だと思う」なんて選手に言われるIOC委員もバカにされたものである。要は「うまく騙せたかどうか」というのが主軸のようだし、確かに過剰接待が4年ごとに問題視されているのも事実であるがマスコミは指摘するよりそれを煽るのか。
「異端児」っぽい雰囲気で売る「サンデージャポン」(TBS)も橋下大阪府知事の話題になるとなぜか味方で「がんばれ」的な事しか言えない、これはまさにプロパガンダである。橋下氏はすでに公人で大阪府という政府の代表である。こうなればマスコミは大政翼賛状態だが、「異端児っぽさ」が同居していては視聴者をますます騙しやすい。手段でなく目的化したスポンサーはマスコミを凌駕したが、手段でなく目的化してしまったマスコミは民主主義にとってもはや脅威である。
オリンピックを東京に招致したいかどうかと聞かれれば、近くで「もし」見られれば見たい気もするが、多分見ないと思う。ワールドカップの時に、確かに近くで試合が開催されたが近付きようがなかった。買えないチケットをどうやって入手するのか。これは近くてもほとんどメリットがない。CMで「こどもに見せてやろう」などと言っているが見せられる可能性はかなり低い。テレビで見るなら盛り上がり具合はどこでやっても同じである。つまるところ東京でやろうがやるまいがあまり関係ないのだが、無駄な金を使うくらいなら他に使うところがあるだろう、と思う。そもそも借金が多くなっている自治体や国が今後維持していくためには、お祭りでなく地道な計画性が必要なはずである。ちょうどタモリ氏がCMで言っているように、である。
オリンピックをこどもに見せたいと言うのなら、まだ開催していないマドリードかリオデジャネイロのこどもたちに見せてやりたいものである。東京では築地市場のようなものを大切にしてこどもたちに見せてやりたいとも思う。今の日本に必要なのは、一時的なお祭り騒ぎの盛り上がりではなく、持続的な日常の生活の盛り上がりである。そして、客観的な報道のできるマスコミである。国の代表だから応援するとか、政府関係のプロパガンダとか、わざとらしくて鼻につくだけである。
そんな自己反省の足りないマスコミの現状にあって、金曜ナイトドラマ「名探偵の掟」(ANB)は探偵ドラマの典型をパロったという視点が面白かった。皮肉にも、1億3千万総オリンピック作戦のその日に、ステレオタイプをいじった番組の第1回であった。
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