2009年6月26日 (金)

デジカメ新時代

 デジタルビデオカメラは存続の危機にあるといえる。

 これまでビデオカメラは動画に特化した存在として作られてきた。DVテープのようなリアルタイム保存/読み出しを行うデータ容量の大きなメディアを使い、フラッシュメモリの発達してきた最近はそれを併用したり、静止画のみフラッシュに入れたりしていた。キヤノンが出した映像エンジンは動画と静止画の両方をカバーできるのが売りで、動画の画素数が少ないため静止画を撮ると画が荒くなったり、静止画のために別のエンジンを積んだりすることによりコンパクトにまとめにくかったりというデメリットを解決するのが目的であった。

 ところが、最近はフラッシュメモリの容量が大きくなるペースが増し、データとして動画を記録していくための保存スピードも速い進歩を見せた。結果として動画も撮影できるデジカメが増え、動画がきれいなものも増えた。そしてついに、一眼レフのデジカメでも動画を撮影できるものが登場したのである。

 そもそも、一眼レフはきれいな静止画を撮ることを目的にデザインされているが、その画素数で動画を撮ることに弊害があるとすればデータが大きくなってしまう事だけである。すなわち大きなデータを保存できるのならば、動画を記録することに弊害がなくなる。一眼レフはレンズが大きく光量が得られる上に、距離や視野をレンズ交換によって変化させることまでできるのである。これまではいかにオールマイティなレンズをつけるかで勝負してきたビデオカメラが、多彩なレンズで撮れるようになるのである。コンパクトカメラがこれまでのコンパクトなビデオカメラに代わることとなる。

 いまや松下やソニーも一眼のレンズメーカーになっている。老舗のニコンやペンタックス、オリンパスなども本来のレンズ作りにまた打ち込めるわけで、安いレンズに替わられていた一眼レフも今度はレンズの質で勝負するようになるかもしれない。

 結局カメラは、あの形に再びまとまっていくのであろう。と私は思う。

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私とバイク 18

 「Do you have a HONDA?」
頭の中ではハイロウズがぐるぐる回っている。I had a HONDA. になるかもしれなかった。それがI have a HONDA. にまた戻れるかもしれない。いつかツインリンクもてぎに行った時、ホンダの社長が挨拶の最後に叫んだ言葉を思い出していた。

「Enjoy it! 」

バイクがなくなってからというもの、バイクがあるときの楽しみを思い出すばかりであった。どんな形にしろまたバイクに手元に戻ってほしい、それだけであった。

 その週末は学会で神戸に行く予定であった。だが何日も放置しておくわけにはいかない。神戸行きは取りやめとなった。明石焼きはまたの機会に。もう心はそれどころではない。いつものバイク屋に電話して事情を話す。
「確認していないが明日身に行くので、もし私のRVFで乗れない状態だったら持って行ってもらえるか?」というお願いである。ありがたいことに
「連絡してもらえればすぐに取りに行く」という事だった。やや心は逸るが、その日は落ち着いて仕事をし、遅くに家に帰った。

 土曜日の朝、10時頃警察署に着くように家を出て歩いた。警察署まで20分程度で行ける。しかし期待しても車体は万全のはずがないので、メットを持っていくことはなかった。何より、まだ違う車体の可能性も残っているのである。過剰な期待はするまいと思った。
警察署に着くと、フランクな語りの生活安全課の担当者を呼び出した。どうやらこの人たちはいわゆる警察官ではなく、警察に勤める事務屋さんらしい。彼に連れられて建物の裏に行くと、拾得やら没収やらのバイクがボロボロと置いてあるらしいポンコツ置き場だった。なんとも、私はそこに置いてあるRVFに気づくまでにしばらくかかり、かなり近づいてからその存在を確認した。それは確かにRVFだった。問題は、それが私のものである鉦鼓がはっきりしているかどうかである。

 しかし心配は要らなかった。「どうかな、なんか盗まれたバイクの目印ある?」そんなことを聞かずとも、カウルにくっきりとS-PULSEのステッカーの跡が残っているではないか。汚しっぱなしでいい事もあるものだ。スピードメーターは変わっていなかった。ハンドルのバーエンドの蓋が違うものに換えられていた。
 「問題がひとつあってね」と担当者はバイクの前の方をのぞきながら話し始めた。「ここに車台番号があるはずなんだけど、削られちゃっているんだよね。」見るとアルミ製のフレームに浮き出ているはずの製造番号が完全に削られてしまっていた。「鑑識に知り合いがいるから話したら、なんだか電気を通してみると浮き出て見えるかもと言っていたんだけど、やっても見えなかったみたいなんだよね。いろいろ試していたんだけどねえ。」鑑識の人に見てもらっていたらしい。できれば指紋とか採って盗んだやつのことを調べてほしかったのだが。バーエンドなど換えられたのだから内側の方に指紋は保存されていそうなものである。

 登録番号が削られ、ナンバーもなくなっていた。反対側に回るとステップも半分に切られており、タンデムのステップも外されていた。ケガの状態は大したことはなく、ある意味無傷に近かったが、走るためのコンプライアンスが崩されていた。

(つづく)

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2009年6月12日 (金)

エンドウマメの許容度

 JR東海パッセンジャーズの「焼売炒飯弁当」を食べた。
 開けてまず目に付いたのが豆の存在である。豆はチャーハンの上に集団を形成していた。ちょうど避難訓練で校庭に集められたこどもたちのような雰囲気である。その隣には紙の仕分け皿に乗った紅ショウガがいる。
 ショウガはつけ合わせなのでそのような隔離に会うのはいわば運命であるが、豆は本来そういう立場でもない。だが混ぜられていないのにはいくつか理由が考えられる。
 私がすぐに思い当たったのは、エンドウマメの許容度である。世の中には大きく分けて2種類の人間がいる。豆が嫌いな人と、そうでない人である。豆が嫌いな人は、とにかく豆の混ざっているのが許せない。だからチャーハンを食べるときにものすごいスピードであらかじめ豆とそれ以外に分離させたり、スプーンやレンゲですくいながら見事に豆だけが別方向に転がっていったり、そんな技を持っていたりする。豆を完全に残す人もいれば、j豆だけ先に食べてしまってすっきりした顔の人もいるし、なぜか「混ざっているのがいやなものだから……」と言い訳しながら後で食べている人もいる。
 あらかじめ豆を混ぜておかなければ弁当としての嫌われかたも軽度で済む。豆を分けるのが面倒だったと思えばリピーターも減る。豆をより分ける作業が続くほど、「次は別の弁当にしよう」という考えは徐々に大きくなっていく。心理学上、当初の印象がプラスなら繰り返すごとにどんどん好きになっていくし、逆にはじめに嫌だと思ってしまうと繰り返すたびに嫌悪感は増していくことがわかっている。戦略として、まず少しでも好印象を持ってもらうことが必要なのである。
 そんな下心(?)を感じながら、私は炒飯を口に運び、すぐに豆も口に入れる。茹でてある豆でけっこう軟らかい。弁当なので炒飯の米はそんなに軟らかくない。ボロボロと米同士が離れるようでは箸で食べることができないが、この弁当の炒飯は適度に塊になり箸で容易にすくえる。となると、豆が米の中に混ざっていると崩れてしまいやすいかもしれないし、分別したい人にとっては分けにくいかもしれない。
 シュウマイに豆がついているとこれまた一生懸命分離しようとする人がいる。が、肉シュウマイにもエビシュウマイにも豆は入っていなかった。
 すべて食べ終わってから、はたと気づいた。最近チャーハンといえば円卓で大勢の人と分けて食べる機会ばかりだったが、ラーメン屋のチャーハンを一人前頼むと山型に盛られたチャーハンの上に豆が載っていることがあった。そうか、分離はこの弁当だけのアイディアではなく、そんな前例を知っていながら忘れていた。かっこいい例えでシメようと考えていたのに、そんなもので終わりである。

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春子鯛と書いて

 春子鯛と書いて「カスコダイ」と読むらしい。
 春日「かすが」や春日部「かすかべ」など日の字が春に続く場合には合わせて「かす…」という続き読みをするという認識はあった。しかし鮨屋で「これでカスコダイって読むんですよ」と大将に言われた時におやおやと思ったのである。
 しかもそう呼ぶ理由というのが、春先に採れる小さな鯛だから、と来たものである。なぜハルコダイと呼ばずカスコダイなどと呼ぶのか。そもそも「カス」なんて進んで使う言葉ではない。賭け事の好きな江戸の町民は「摩る」(有り金を全部使い果たす=損をする)という言葉の縁起が悪い、とスルメを「アタリメ」に、すり鉢を「アタリ鉢」に言い換えたりしていたという。スリッパをアタリッパ、スリランカをアタリランカというのは落語のときに使われるボケなのだが。スリジャヤワルダナプラコッテはアタリジャヤワルダナプラコッテ。ゴマすりはゴマ当たり。
 カスとわざわざ言い換えることは考えにくく、別の意味があってカスと名が付いたのかもしれない。もしかしたら逆に悪口でカスと呼ばれていた可能性もある。小さくて価値が低いと言うような、そんなカス呼ばわりだったのを、せめて品を良くするために強引な当て字に走ったとはありそうな話である。
 いずれにしても、カスコダイの昆布締めはまろやかな味で実に旨かった。

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2009年4月24日 (金)

私とバイク 17

 8月は晴れたり雨が降ったり落ち着かない天気とともに去っていった。夏の思い出はバイク探しの散歩とともにグルグルと。不意に消えたエンジン音。

 しかし、亡くなった人の話ではないので、あきらめる問題ではない。拉致されたRVFはその辺で捨てられているかもしれないのである。放置されたまま腐っていくかもしれないし、別の悪人にまた盗まれる可能性もある。ゴミになってから見つかって「処分代を……」なんて冗談にも程がある。悪い方に考えれば諸々キリがない。

 たとえ事故って乗り捨てられていたとしても、それを修理して乗れるならまだ見込みがあるというものである。新しく買おうなどという話はのっけから大きく否定されている。どんなに悲惨な状態でも、本体があるのとないのとでは大違いなのである。普通に考えても、やはり捨ててしまうのはもったいない。

 警察は特に何も言ってこない。警察が積極的に捜すことなどあり得ないというのがこの件で実感できた。警察も忙しいということらしい。ズーラシアに皇太子がやってくるという時にはそんなに来るのかと驚くくらいワンサカやってくるのだから、仕事の比重については警察以外の人間にはわかりにくい。というか、おそらく一般の認識とは大きくズレがあるのは間違いない。「困った時の警察」ではなく、「警察が困ったことにならないように予防する警察」が認識として正しい。

 以前のことを思い出していた。駅前に置いておいた自転車が盗まれた時には、警察に届け出て、その時に書類を書いてそれきりであった。しかしその数年後、夜遅くに自転車に乗って帰る途中でパトカーが通りかかったら止められて、「それはあなたの自転車ですか」「スーツには不似合いな自転車ですね(スーツ姿でロードレーサーに乗っていたがこの頃すでにそんなに珍しくもなかった)」「防犯登録してありますか」「問い合わせるのでそのまま待っていてください」「盗難届は出ていないようです。もうこれで結構です」とそんな感じであった。私は「盗むどころか、以前盗まれた自転車は出てこなかったねえ」とイヤミを言ってやったが、真夜中過ぎに早く帰りたいところを10分も拘束して「すみません」でも「ありがとう」でもないのだから、警察官の姿勢も知能も全く信用ならないと実感したものである。要するに、盗まれた自転車を探すのではなく、自転車泥棒をどれだけ捕まえられるかというノルマをこなしているのがその態度に見え見えであった。全く不健全であるし、治安が悪いと言われるその根源はここにあるのだろうとやはり実感した(私がこのとき住んでいたのは治安が悪い方で有名な神奈川県大和市)。

 そんな事を思い出しながらその日もキョロキョロ周りを見つつ出勤した。するとちょうど職場に着いて車を降りたところで警察署から携帯に電話がかかってきた。盗難を担当する係の人からである。
「盗難されたバイクの特徴って何かある?」
シールを貼ってあることとメーターが300km/hのものに替えてあることくらいしかオリジナルの部分はない。ほぼノーマルで乗っていたのであるから外見の特徴は少ない。ノーマルであることがある意味特徴であるが部品を盗られたり改造されたりしている可能性がある。
「後ろの……テールランプは四角い?」
そのレベルだったか。RVFのテールランプは四角が横にふたつ並んでいると説明した。シールやメーターをどうやら見に行ったようだがシールの跡には気付かなかったらしい。
「綾瀬でそれらしいバイクが見つかってね、メーターがどうやら言うとおりだし、後ろの赤いランプも四角だし、特徴がどうも似ているから盗難車で間違いないと思うんですけどね、見に来ることはできますか?」

 9月も半ば、ついに執念に報いがやってくる気配が感じられた。

(つづく)

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最低人間?

 自民党の関係者に、地デジのポスター作り直しを批判する権利はない。

 丸川珠代議員が立候補した時、地デジ推進ポスターの女子アナバージョンでテレ朝から出ていたのは丸川アナその人だった。テレ朝を突然やめたことと立候補したことでポスターやCFに丸川アナが出ているわけにはいかなくなり、ポスターがかなりの量ムダになったのである。

 そしてその丸川アナは自民党から立候補した。自民党は自派の都合で地デジ広報のポスターやCF制作費を大量にムダにしているのである。

 地デジの普及が予想より遅れているからといって、鬼の首でも取ったかのように批判したり、これを機に地デジのことをアピールしようとしたり、ずるいことばかりしないでほしいものである。

 場合によっては、地デジ普及を徹底的にする作戦のひとつとして剛くんが罠にハマったのではないかとか、そんな謀略説も頭をよぎったりする。

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2009年4月18日 (土)

私とバイク 16

 本格的な夏がやって来た。そもそも暑い夏にもプロテクター入りの上着を着ておきたいと思う私は、夏用のスーツを買ったばかりであった。スーツといっても上下そろいではなく、しかし両方ともホンダブランドのものを買った。おそらくメットをかぶったり手袋をしていたりというだけではなく、体を守るプロテクターを着けていたかどうかが事故った時の保険料にも響いてくるのではないかと思っている。そりゃ薄着で大ケガは当たり前だし、ヘタすると軽い事故でも大ケガするからケガの程度と事故の規模の関係がまるで成り立たないかもしれない。

 まあとにかくせっかく買った上着も暑い夏に出番がやってこなかった。スーツを見るたび、これが着られないのかという無念さやら、このスーツが不運を呼び込んでいないだろうかなどという考えやら、またいろいろ頭の中で思いが浮かんでくる。
 そんな人の気も知ってか知らずか、かみさんはこう言い放つのである。
「この新品の服はネットオークションに出さなくちゃ。フリマでもいけるかな。」
バイク乗りならこの発言は悪魔が発しているとしか思えないであろう。私の趣味に対してはこんな発言が後を絶たない。独身の時に聞いていたらたとえ妊娠していようとも結婚しなかったであろう。というか、多分妊娠などし得なかったであろう。以前から私の生活を知っているくせに、なんでこいつは私とつきあったり結婚したりしやがったのか。
 こいつはいけない。不幸な気分から思わず攻撃的になりつつある。ここで破壊的になったらその程度のヤツと思われる。しかし穏和に過ごしてこの問題が軽視されるのも耐えられない。この悩みは大きい。せめて独身だったら「家族のことも考えているのか」とか言われずにすむのに。なんで結婚なんかしたのか?このスパイラルからは抜け出し難い。

 8月の下旬には労組の全国大会で長崎に行った。長崎といえばバイクの街である。こんな年に長崎が担当とは、まさに皮肉なものである。3日間九州にいて、後ろ2日が長崎であった。前半は雨に悩まされたが、最終日はピーカンであった。長崎の強い日射しに照らされながら、特急の時間まで会場の近くを歩いて回った。原爆の傷跡と復興の様を見ながら、たくさん置いてあるバイクにも自然と目が行く。
 現在は全国でバイクの昼間点灯が義務づけられているが、かつて長崎県内だけが条例で義務づけられていた。私のRVFは新しいのでもはやライトのON-OFFスイッチがない。エンジンをかければその間はずっとライトが点いている。ちなみにパッシングのスイッチはあるがハザードのスイッチはない。渋滞の最後尾などハザードを点けたい時にはやむを得ずブレーキレバーをランプの点くところで点滅させるという手動ハザードで対応する。長崎ではそんなことを考えながらバイクを見ていた。運命というものがあるとすれば、もしかしたら私のRVFが長崎にたまたま来ていて私がそれを見つけるということもあるかもしれない。そう思って、一応置いてあるバイク、走っているバイクに必ず目を向けた。バイク屋も少なからずあるので店頭にある中古に目を走らせた。

 バイクは見つからず、8月も終わりに差しかかった。午前中仕事をして午後休みという日があり、なるべくクーラーをかけない私は窓全開で車を運転して帰宅途中だった。いつも気にしている郵便局の駐輪場にRVFの黒い後部カウルが見えた気がした。私はあわてて次の角で左折し、生活道路で道幅の狭いところに入って郵便局の前の角まで戻った。郵便局の駐車場に車を入れて駐輪場を見に行くが、置いてあるバイクは違う車種だった。カウルのテールサイドが黒く見えたのも、手前の自転車のカゴの黒いのとかぶって見えただけであった。

 やや病的な気もしたが、私は一時もバイクを忘れず、目はただひたすらRVFの特徴を探していた。

(つづく)

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マスコミの「客観性」はどこに?

 東京のオリンピック招致はいつから総動員になったのであろうか。

 今日は休みだったので朝からいろいろテレビを見ていたのであるが、どの番組を見ていてもオリンピック招致活動を報道しているのか広報しているのかわからない。そもそも招致を広報するタレントをあれだけ動員しているのだから、何もマスコミが盛り上げる必要などないのである。

 ではなぜマスコミは情報番組や報道番組でまで盛り上げ役に走るのか。サッカーやオリンピック、最近ではWBCなど世論は国の代表戦だと案外一致団結して盛り上がりやすい。それは逆に普段与党と野党とか、国内リーグのチームとか、内部で対立や競争があるのだが、どこかで団結したいと思っている節があるのだと言える。マスコミもそこに気が付いているし、何よりマーケティングに関わる人間がそれをよく知っている。「応援する→盛り上がる→イメージが上がる→関わっているものが売れる」という流れはすなわち最大のマーケティングである。イチローがメジャーの1チームで活躍するのもボチボチ売れるが、日本代表で活躍してアメリカや韓国をやっつけたほうが桁違いに売れるのである。

 マスコミはスポンサーにより成り立っている。あの公共放送でさえ最近はそのマーケティングにうまいこと乗っている。「ちい散歩」(ANB)のように小紀行番組かと思っていたら(かなり不自然だが)スタジオで普通に通販グッズを褒めちぎるCM番組になっている。番組制作費がおよそスポンサー次第になっている近年の番組制作においては、スポンサーが広告費を出し続けてくれるかどうかが番組存続を決定的にし、単に視聴率や聴取率が高くなるだけでは良しとせず、その高い時にいかにスポンサーの商品を露出できるかが勝負となる。盛り上げてCM突入など序の口で、盛り上げてCMが明けるともう一度盛り上げでもう1回CMなどというしつこい手もあり、その調子でクライマックス=終了間際に短い番組とCMの応酬となる事もゴールデンなどではよく見られる。ついでにまだ続くと見せかけて次回予告だったりして、次の回も見てもらえるようにしつつギリギリのところでCMかスポンサーバックとなる。

 要するにマスコミは番組制作費を稼ぐ手段としてスポンサーを使っていたはずなのだが、いつしか主客転倒となりマスコミがスポンサーに支配されている。サラ金のコマーシャルに出るなんてタモリらしくないと言われているが(タモリらしさというスジがあるのかどうかは本人に確認しないとわからないのだが)、「タモリ倶楽部」(ANB)のような自由な番組がある程度視聴率が高いのにもかかわらず時々番組スポンサーがなくて、スポンサーを付けるためにCM出演を決めたんじゃないかなどと想像してみたりする。

 そんな関係ではもはやマスコミュニケーションではなく、マスアドバータイズメントであり、すなわちプロパガンダにいつでも転向できるというかすでにそうなっているのがこの総オリンピック広告ではないかと感じる。反対運動の様子をチョロッと映したかと思うと、その人たちがIOC委員に見えないように随伴バスで隠したなどと「でかした」風にナレーションが入ったりする。「もてなし」で「上機嫌のように見えた、好感触だと思う」なんて選手に言われるIOC委員もバカにされたものである。要は「うまく騙せたかどうか」というのが主軸のようだし、確かに過剰接待が4年ごとに問題視されているのも事実であるがマスコミは指摘するよりそれを煽るのか。

 「異端児」っぽい雰囲気で売る「サンデージャポン」(TBS)も橋下大阪府知事の話題になるとなぜか味方で「がんばれ」的な事しか言えない、これはまさにプロパガンダである。橋下氏はすでに公人で大阪府という政府の代表である。こうなればマスコミは大政翼賛状態だが、「異端児っぽさ」が同居していては視聴者をますます騙しやすい。手段でなく目的化したスポンサーはマスコミを凌駕したが、手段でなく目的化してしまったマスコミは民主主義にとってもはや脅威である。

 オリンピックを東京に招致したいかどうかと聞かれれば、近くで「もし」見られれば見たい気もするが、多分見ないと思う。ワールドカップの時に、確かに近くで試合が開催されたが近付きようがなかった。買えないチケットをどうやって入手するのか。これは近くてもほとんどメリットがない。CMで「こどもに見せてやろう」などと言っているが見せられる可能性はかなり低い。テレビで見るなら盛り上がり具合はどこでやっても同じである。つまるところ東京でやろうがやるまいがあまり関係ないのだが、無駄な金を使うくらいなら他に使うところがあるだろう、と思う。そもそも借金が多くなっている自治体や国が今後維持していくためには、お祭りでなく地道な計画性が必要なはずである。ちょうどタモリ氏がCMで言っているように、である。

 オリンピックをこどもに見せたいと言うのなら、まだ開催していないマドリードかリオデジャネイロのこどもたちに見せてやりたいものである。東京では築地市場のようなものを大切にしてこどもたちに見せてやりたいとも思う。今の日本に必要なのは、一時的なお祭り騒ぎの盛り上がりではなく、持続的な日常の生活の盛り上がりである。そして、客観的な報道のできるマスコミである。国の代表だから応援するとか、政府関係のプロパガンダとか、わざとらしくて鼻につくだけである。

 そんな自己反省の足りないマスコミの現状にあって、金曜ナイトドラマ「名探偵の掟」(ANB)は探偵ドラマの典型をパロったという視点が面白かった。皮肉にも、1億3千万総オリンピック作戦のその日に、ステレオタイプをいじった番組の第1回であった。

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2009年3月18日 (水)

私とバイク 15

 頭の中で可能性について整理してみる。
 法の網をかいくぐって国外に出てしまうとすれば、それは私に止める術がない。好きな人にはある程度人気のあるバイクだから、かつて暗躍したランクル窃盗団とかRAV4窃盗団のようなタイプに狙われたらあっさり海に出ている可能性が高い。
 部品を取られてしまうとすると、これまた足がつきにくい。ただ肝心のフレームが売れないので、よほど割り切ったバイヤーでなければ手間がかかるだけで稼ぎは大したことがない。
 最後の可能性は、その辺のアホがドライバーで鍵をこじ開け、遊びで乗り回しているというパターンである。昼の明るいうちから乗ることはできないし、やばくなったらそこで手放すことになる。事故ってつぶされるのも考えられる。

 可能性に賭けるとすれば、アホがその辺に置いているのを見つけ出すか、だまされて譲り受けたような人が持っているのを見つけ出すか。近所のことであれば何とかして気がつくことが肝心である。
 陸運支局からの帰り道もとにかく道の脇にあいてあるバイクをチェックする。似たような色が目に付くとそちら側を見る。信号待ちで周りを見回す。もちろん、そんなに簡単にRVFが見つかることはない。通勤の時もゆっくり走りながら駐輪場やバイク屋の店頭を見る。およそそれらしいものが見つかることはなかった。

 次の休みは土曜日であった。かみさんは娘と一緒に公園のプールに行くと言っていた。私は水に漬かる気になどなれない。ふたりがプールに入っている間、広い公園の周りの家を探索した。
 案外バイクのある家は多い。カバーの下に見えているホイールの色やテールの形を確認していると向こうにトラックが停まっていた。「バイク王」と書いてある。どうやら原付の買取で呼ばれてきたらしい。最近RVFの買取がなかったか聞こうかとも思ったが、まだ日数も経っていなかったので聞いても仕方ないと思い、そのまま探索を続けた。県営のマンション群の駐輪場にはたくさんのバイクが置いてあり、その中には改造バイクもあった。しかしRVFとはまったく違う。どこかでそんな改造を受けてしまっているかもしれないと思うと力が抜ける。そのまま隣の駅ちかくまで行き、さらにファミレスやマンションの駐輪場などを見ながら公園に戻ってきた。歩いた距離は5kmを越えていたと思われる。その間、バイクは100台以上あったが、RVFは1台もなかった。

 次の週には労組の会議があった。この会議にはバイク乗りの人がいる。このバイク乗りは普段の通勤もさまざまな現場に変わる人で、走行距離はガンガン上がっていく。この人にもバイクが盗まれたことを話した。やはり同じようなことを想像していた。「じゃあ次はどんなバイクにする?」そういえばそんなことも考えたりしていた。
 帰り道、歩きながら考えた。またバイクを買いたいと言っても、うちのかみさんがそれをいいと言うはずがない。バイクが途中で消えてしまうということは、私のバイク生活が唐突に終わってしまうことを意味するのかもしれない。なんとしても、いまは失われたバイクがまた現れなくてはならないのである。
 奇しくもそのときあるいていたのは桜木町であった。新勝寺分院の石段を降りながら自然とあの歌が頭に浮かぶ。こんなところにあるはずもないのに、探してしまう。

 そんな歌を口ずさみながら、バイク探しがいつまで続くのだろうと思っていた。

(つづく)

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2009年2月12日 (木)

足の引っ張り合いから早く脱却しよう

 国政では総理大臣が公共事業の市場化を「反対だった」と言ってしまうほどに「構造改革」とやらの信憑性は底を突いた状況であるが、地方では未だに「小さな政府」理論がまかり通っている。国際的な流れからおよそ遅れて反応し、やはり遅れて離脱し損ない続ける空気の読めないいつもの日本人気質をもろに露呈している感が否めないが、有権者はそろそろ自分の首を絞めていることに気が付いたらどうなのかと思う。

 私は地方自治体が所有する施設で働いているが公務員ではない。労働組合に所属し、仕事のあり方と労働条件について常に使用者(の代理)と議論を交わしている。
 労働者は基本的に受け身である。使用者は自らで事業を興したり、何かを運営したりしている。これらの人たちが人手を必要とするため、報酬と引き替えに労働力を提供するという対等な契約を結んで働いているのが労働者である。資本原理主義の中では主従関係になってしまうが、民主主義の原則の下に資本主義下でも秩序ある社会を構成できるような仕組みである。ただし、経済的に大きなカネを動かす資本家と生活に必要な賃金を稼ぐ労働者では経済力の差ゆえどうしても資本家が主体的になりがちである。それゆえ、労働者は束になって資本家と平等に交渉する権利を持つ。その仕組みを実体化したのが労働組合である。

 とある地方自治体の施設で働く人が、賃金交渉を行う中で組合の執行委員にこのように言ったという。「同じ業種の民間の人たちはもっと安い賃金で働いているのに、ずっと恵まれているこちらで『さらにもっと上げろ、どんどん上げろ』なんて言うのは心苦しい。」だから組合活動をあまり進んでやる気が起こらないと言う。
 ちょっと前の私ならそんな話を聞いたらすぐにでも怒り出しそうだが、最近は「またそのテの話か」とあきれつつも冷静に説明できるようになっている。騙されている人に怒鳴っても仕方ない。
 まずは聞く。「じゃあみんなで低い方に合わせましょうか。」それでいいのか。それで得するのは誰なのか。
 自分達が賃金を上げてほしいと交渉するのは自分達のためである。まずはそれで間違いない。生活にゆとりと充実を求めるのは悪いことではない。だが、賃金交渉は自分や自分達のためだけではない。どこかで賃金が上がるということは、同様の条件の他の人たちにとってもその人の「仕事の価値、評価」が上がっているはず、という事を意味する。同業とか、類似とか、就業形態とか、同じような条件の人たちが「じゃあそんな例があるからこちらでも条件アップを頼むよ」と言えるようになる「前例作り」なのだ。

 もうひとつ、「民間だと経営者に楯突いただけでクビだからね。」としたり顔で言う、それを何よりやめてほしい。本当に組合を作ろうとしてクビになった人がいるのだろうか。いるとすれば重大な法律違反であり、そのことが世間に知れたら会社は信頼を失う。顧客にも、取引先にも敬遠される。そもそもそんなことを労働者が許しては秩序が保てない。
 民間とかそうでないとか関係なく、とにかくどんな仕事でもどんな雇われ方でも労働者は労働組合に所属することを第一にしたい。「そんな小さな会社が賃金を上げたりしたらつぶれるよ。」ならばその会社は長くない。そこで会社の規模や稼ぎを理由にしていては、いつまで経っても労働者の賃金も、そのような小さな会社の規模も上がりようがない。底上げとは、全体の一致した姿勢こそが必要なのである。だからこそ、民主主義において、団結権、団体交渉権、争議権というのは当たり前の権利なのである。

 派遣から解雇になって生活に苦しんでいる人たちなど、実質的な弱者に権利を知らないものが多いという。権利がなかったら労働者も奴隷になっておかしくないのだがそんな当たり前の事でも知らなければ苦労する。とにかく、どんな形でもいいから労働組合に入ることである。

 苦しくない人たちも、労働組合に入るべきである。いつ苦しい立場に変わるかわからない。組織の中で労働者が束になって使用者と交渉するのも、視野を広げれば使用者全体と労働者全体が交渉しているのと変わらず、対等な関係を持って社会の秩序を保つことと言える。そうすれば、「あちらの民間では時給が数十円違うから」なんてレベルで自分まで遠慮を心がける必要はない。大企業は下請けの会社に安い仕入れを無理強いすることもできない。

 「あの会社で働く人がこんなに安く働いているのに」と思ったら、自分の賃金も上げるべきとの交渉を行い、「あの会社」の人たちが労組に入って交渉できるように手伝ってあげてほしい。それこそが労働者の正しい姿であるからである。

 「何も文句を言わずに働いています」なんて一見美しいが、それは労働者でなく奴隷である。

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