« 私とバイク 36 | トップページ | デジカメの今後 »

2012年10月 1日 (月)

V-22オスプレイを考えた

 V-22の発想は別に新しくもない。あのVTOLの実験機なら30年以上前に図鑑で見た。
 当時小学校の低学年だった私は既に違和感を覚えた。プロペラ機の出力で空中で推力の向きを変えるなんて無謀だと。というか、そのまま高速で前進できるヘリコプターがあるのだからヘリコプターで充分じゃないかと。たぶん消えると思っていた。
 確かに、プロペラ機のくせに垂直に上昇できるとしたら便利である。でも回転翼でなく主翼の揚力を作るためには前進しなくてはならず、前進の方法はヘリコプターと同じである。プロペラ機としての胴体はたくさん荷物を積めて、細長いものも載せられて……それでは重い機体を持ち上げるのに大きな主翼の揚力が必要ではないか。回転翼で持ち上げるならかなり回転径が大きくなくてはならない。「そんなときはSTOLとして短い滑走路で」って、最初からSTOLでいいのでは?
 つまり、V-22のあの形は「あれもできる、これもできる」という欲張りすぎた形なのである。ほぼロボットアニメかトランスフォーマーかエアーウルフ並みの発想である。現実に弱点が問題になるのも無理はない。
 前の震災のときにV-22があったら津波の前にたくさんの人を助けられたのではないかという話があるらしい。確かに売り手の額面どおりに便利な乗り物だったら役に立つだろう。しかし、それが可能ならとっくの昔に大型ヘリコプターは絶滅している。そんな便利さは物理的に無理なのである。垂直上昇はコンパクトなヘリコプターの専売特許であるし、砂浜に着陸したオスプレイに重たい荷物を載せたら垂直上昇は困難なのである。回転翼の回転径が大きくなりすぎると水平推力に向けることができなくなるのである。
 そもそも、動力を支える部分が可動式というのがどうかしている。回転翼で機体を持ち上げるのだから、回転翼の付け根にはもっとも大きな力がかかる。そのもっとも頑丈であるべき部分が可動部分なのである。よほど凝った作りにしなければ頑丈さは万全にならず、しかも消耗も大きい。無駄が多いのである。
 ハリアーのようなジェットVTOLも着陸の操縦は難しいようだが、推力は胴体内部にあり、押し出す推力の向きを変えるので動力がどこかに行ってしまうことはない。しかしV-22のようなレシプロエンジンは引っ張る力であり、動力が機体を置いて離れていってしまう力が働いている。連結部には大きな逃げる力が働くのである。そこが可動。軽い飛行機でなくてはうまくいかないのに胴体が大きい。明らかな矛盾。
 そんなわけで、私はV-22をまともな飛行機だとは思っていない。むしろ、格好だけのおもちゃであり、壊れやすくて危険な代物である。

|

« 私とバイク 36 | トップページ | デジカメの今後 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186011/55786414

この記事へのトラックバック一覧です: V-22オスプレイを考えた:

« 私とバイク 36 | トップページ | デジカメの今後 »