2013年6月25日 (火)

好かれる素質

 某社の話。
 とあるテーマパークを運営するその会社は、社員の知り合いなどに入場引換券を配ることで利用者がいくらかでも増えるので、社員が入場引換券を2割引きで購入できて、それをプレゼントされた相手は引換券を出せばテーマパークに無料で入場できるという仕組みを作っていた。
 最初は引換券に使用期限はなかった。しかし金券ショップでこの引換券が取り引きされていたため、途中から使用期限を記載するようになった。
 ある社員は自分の職場であるそのテーマパークの利用者を自らの手でも増やそうと思い、定期的にこの引換券を購入していた。ある時、残りの引換券を見たら期限が翌週に迫っていた。その社員は券売の担当の同僚に相談した。
「まだ引換券があるけどほら、期限が近くてもう使えそうもないんだよ。なんとかならないかな?」
するとその同僚は言った。
「利用者増加のために社員が自腹を切って買い取っているんだし、期限の長いのと交換しますよ。それにね、券売所では期限が過ぎたものでも既に入場料を払った前売り券などの場合にはそのまま受け取っているんですよ。だって既に入場料を払っているんだから、料金が変わらなければいつ来たって同じことですよね。」
なるほど、そういう筋の通った対応をしているのか。なかなかいい対応だな、とその社員は思った。
「期限を付けなくてはならなくなったので、あまり長すぎないところにしておきますね。」と彼は半年先くらいの日付をスタンプで押した。10枚単位の購入で20枚だったので
「そんなに使えるかな?」とその社員が言ったら同僚は「過ぎても大丈夫ですよ。」と言った。社員は20枚分の料金を支払った。

 その社員は期限はあまり気にしなくてもいいと思い、機会があればテーマパークを利用するという知り合いに渡していた。その次の年には社員への引換券販売という制度がなくなった。数年後、その社員は相変わらず引換券の残りを持っていて、機会があれば渡そうとしていた。ある日そのうちの1枚を社員の家族が持ってテーマパークを訪れ、期限の切れた引換券を見せた。
「社員からもらった引換券なんですけど、期限切れでも使えますか?」
すると券売所の受付嬢は「期限切れの物はお取り扱いできません。」とあっさり答えた。
 社員の家族は社員から事情を聞いていたのでちょっと食い下がった。「でもこれはもうお金を払ってあるから大丈夫だって聞いたんですけど」
受付嬢は背後の他の社員に確認していたが「やはり取り扱いいたしかねます」とマニュアル通りの対応だった。
 その話を聞いて、引換券を買った社員は会社の券売担当に問い合わせた。この時は買った時とは違う社員に替わっていた。
「期限があるものはそれで対応することになっていますよ。社員でも誘客でも、期限が書いてあるわけですから。」
額面通りの対応で味もそっけもなかった。その社員はちょっと頭に来たので「誘客のために自腹切っているんだよ?少しくらい融通利かせることもできないのかな?」と言ってみたが対応は変わらない。社員でも客でも扱いは変わらないらしい。
 その社員は残り20枚くらいを無駄に買い取ったことになった。そしてそのテーマパークには、その引換券を使って誘おうとしていた人はもう入らない。残った引換券と同じ枚数の招待券を渡すといったような機転もなかった。その社員も現在は異動で別の部署に行っており、そんな対応をされてさらにそのテーマパークに誘客しようなどというモチベーションはもはやない。
 そんな四角四面な対応しかできない会社のテーマパークに人が集まるはずもない。事実、そのテーマパークの利用者数は減少傾向にある。そもそも、利用者を増やそうという気概が感じられない。社員に損させて、さらにその分の客も逃して「システムだから」と言ってのける会社に明るい明日などない。
 その会社には失望した。そのテーマパークはあまり利用しないようにしようと思う。

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2008年7月16日 (水)

組織の人事の考え方

 私の職場で管理職になる人は、奉仕家か野心家のどちらかである。
 ヒラから係長に登用されるシステムがおもしろい。とにかく、自分から手を挙げないとまず係長になることができない。逆に、とにかく係長になりたい人が係長になる。
 かく言う私も2回ほど係長試験というものを受けた。受験資格のあるものはとにかく受けろと言われたので受けた。どうしても係長になりたいと思ったわけではない。だから2回とも試験勉強など1秒たりともしていない。試験は2通りの記述試験(1次)と面接試験(2次)だった。
 1回目の試験の時は、記述試験の回答で最後に脱線し、現状で私や同僚が現場を離れては大変だから、係長にするとしても現場の仕事から外さないように工夫するべきだと説教じみたことを書いた。そうしたらやっぱり1次試験で不合格だった。
 2回目の試験の時は、とりあえず1次試験をパスして面接試験で言いたいことを言ってやろうと思った。1回目の時と出題はおよそ似たようなものだったので、今度は説教部分を書かず本題のまま最後まで書いた。すると1次試験は合格だった。面接試験では「ついに年貢を納めて係長になるのか」と顔見知りの部長に質問された。なので「指定管理者制度で現場も人が減って大変だし、もっと現場の仕事に関わる係長がいなくてはならないということが常日頃言われている。私は現場を離れて所持資格とまるで関係ない仕事をするばかりが係長ではないと思う。」と意見した。後日直属の課長から試験結果を聞かされた時に「そんな風に言わなければ合格だったし、非常に残念だ」と言われた。これまたやっぱりと思ったが、全く納得のいかない話でもある。
 まず選び方だが、私の逆を行けば「何でもやります。とにかく係長にならせてください。」と言うのがどうやら満点らしい。この信用とビジョンのない人物が歯車のひとつに収まった時、そしてそれが課長部長と昇進するような時に、どんなオリジナリティ溢れる仕事を期待できるのであろうか。とても逸材をキャリアアップさせていくやり方には見えない。
 そして冒頭に書いたとおり、自らを候補にするのはとにかくお節介な奉仕家か、とにかく人の上に行きたい野心家か、である。組織が「この人になってほしい」というのは、本人が積極的に立候補するかどうかの次になっている。係長のモチベーションも大切だとは思うが、同僚やその周囲が係長になってほしいと思う人物とその希望者が同じとは限らない。周りのモチベーションが上がるかどうかは組織の今後に関わる。人気のないただの野心家が自己満足の係長席に座った時、組織の崩壊は始まる。私の上司たちは、現実に人の言うことなど聞こうともせず、とりあえず右の耳から左の耳に通過させることもあるが自分の言いたいことに従わせることだけを終始目的として相対する。会議も相談もただひたすら時間の無駄である。
 組織はどんな人を中心に据えたいのだろうか。仕事のやり方や職場内コミュニケーションの取り方、中間管理職としてうまくやれる調整のしかた、そんなものを評価して最も優れた人にとりあえず係長になってもらうのがいちばんいい選択だと私は思う。しかしその選択権は、本人が立候補するかどうかで全か無かの両極端に分かれてしまう。それがこの立候補制係長試験である。
 係長の存在をどうとらえているのか。現実には管理者、責任者という使い方より、現場から剥がして現場とは違う仕事を分担させている。管理職というよりは業務分担の種類のような使い方が目立つ。本来の管理職の仕事として、部下たちに対する調整や仕事の振り分け、評価と修正といった「人のうまい使い方」のできる人が理想である。しかし嫌われ者が自分の野心で立候補してその役についてしまったら、威張って押しつけるだけ、自分の仕事まで人に押しつけてサボる。まさに目も当てられない事態である。
 組織は適材適所を見極め、ポストに最もふさわしい人材を探して据える働きを持たなくてはならない。そうでなければ、そのポストと仕事は共倒れになり、組織内の信頼もモチベーションも得られないわけである。せめて全員が係長資格試験を受け、合格して係長になる資格を持つ人の中から良い人材を選んで就かせるというのならまだわかるのだが、そういった人材登用の工夫というものが私のいる組織では考えられていないようである。親玉自治体の真似をするだけ、だそうである。同僚たちも好きな仕事だけを選んでそれに専念できるように他の仕事を極力サボろうとするような意識の低い職員が少なくないので、私は現場に残ろうが係長に昇進しようが不安の種は尽きない。組織もあてにならないし、いっそ転職しようかと本気で悩んでいる今日この頃である。
 (私はこのくらいのことは考えていますよ。オファー待ってます。)
  ↑そんなこと言ってもアクセス数少ないから……

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