2013年3月 6日 (水)

交通戦争

 昨日の帰り、いつものように宮ヶ谷の交差点に着くと信号は赤だった。
 通勤の時にこれまで環状4号を使っていたが、最近環状2号のほうに回っても距離は少し長いが信号が少なく到着が早いことが分かったので、空いている帰りは特に左回りで帰ることが多くなった。昨日もどちらから帰るかちょっと考えつつも左回りで帰ることにして、夏山の長い坂を下って宮ヶ谷の交差点に着いた。
 そこで見えたのは数人の警察官だった。よく見ると片側2車線の笹下釜利谷道路の路上には光る破片が多数散っていた。何を測っているのかよく分からない警察のメジャー測定が終わり破片を避けながら進んでいくと数台のパトカーが車線を塞いでいて、横のコンビニの駐車場にはカウルが壊れて電装のケーブルが何本かぶら下がっているバイクが置いてあった。車検証を持ったおじさんがウロウロしており、彼の車がバイクにぶつかったのではないかと考えた。ぶつけられたことのある身としては、バイクの運転手のケガがどの程度だったのか気になった。
 今朝は昨日の事故を思い出しながら、安全運転に一際心がけようと思って運転していた。環状4号は途中途中でなぜか渋滞している箇所がいくつもある。また急に詰まっているところが早速あった。なにやらスクーターが止めてあり、辺りでせわしく動く人が複数いる。付近の道路を見ると横断歩道の所のセンターライン付近に人が仰向けに倒れており、路面に面する後頭部は血に染まっていた。既に何人もの人が救助等に関わっていたためそこはそのまま通過したが、様子から見て被害者のケガは軽くなさそうだった。半日も経たずにまた人身事故の現場を通ることになった。

 事故の目撃率が高すぎると思っていたその日の夕方は、午後の出張から職場に戻るのが予定より遅くなり、その後に控えていた労組の会議には急いで行かなくてはならないような状況だった。嫌な感じだったが落ち着いて行こうと思っていた。しかし職場に戻ってからも仕事がいくつか続きすぐには離れられなかった。結局会議の時間は大幅に過ぎてしまい、電話で相談して今夜は欠席で終えることになった。
 ひとつリスクを回避したものの帰り道は気を付けようと思いながら遅めの時間に帰途についた。昨日事故があった宮ヶ谷の交差点では昼過ぎまで置いてあった壊れているバイクがなくなっていた。持ち主は片付けができるくらい軽傷だったのだろうか、そうだったらいいなあと思いながらいつもより慎重に走っていった。
 環状2号は信号が少なく、走っている車もみんなぼちぼちスピードが出ている。そんな車列の中を流れに乗って走っていたら前の車が信号も変わっていないのに妙なタイミングでブレーキをかけた。自分も後ろの車も問題なく減速して合わせるが、前の車が少し左に寄ってそこに見えたものに驚いた。この車がバンバン走っている道幅の広い道路を、よたよたと妙な歩き方でじいさんが渡っていたのである。様子から見て酔っているようである。ある年のF1イギリスGPのシルバーストーンで民族衣装をまとった男がレース中のサーキットに入ってきたシーンを思い出した。私はまさにそのじいさんのすぐ横をエンジンのエギゾーストノートで警告しながら歩くような低速で通過してその場を走り去った。中央分離帯に到達したようだったが、その後で対向車線を無事に渡り切れたか、それについては全く分からない。
 交通事故の場合ほとんどが歩行者でなく乗り物のほうの責任になるが、歩行者がケガをしたり後遺症を残したりするばかりでなく、ドライバーも人にケガをさせるなどした心の重荷を一生負うこととなる。お互いに不幸にならないようにするためには歩行者にもある程度の責任があることを忘れてはならない。
 こんなに危ないシーンが頻発する昨日今日でもう早く帰るに限ると思いつつも安全運転で進んでいったら先に見える信号のところで獲物を捕らえた覆面パトカーが路肩に止まっているのを見つけた。慌ててかっ飛ばして帰っていたらあの餌食になっていたかもしれない。違反金を払う程度のことは事故やケガや後遺症よりよほどマシかもしれないが、とにかく路上は戦争だということを、安全優先、譲り合い、自己防衛が必要だということを改めて意識する日となった。

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2012年11月14日 (水)

びっくりした

 10月6日、バイクで静岡スタジアムエコパに行った私は、ジュビロ磐田に勝利した余韻に浸りながら東名を快調に帰っていた。日本平のPAで休憩して、辺りが既に暗くなってきていた頃にまた走り出した。すると1kmも走らないうちにスロットルをひねってもエンジンの回転数が上がらなくなった。このいやな感じは、以前も経験した「走っている間にエンジンが止まる」予兆である。
 そしてクラッチを切ると、エンジンは高速道路を走行中だというのに見事に止まり、バイクを路肩に停めて人生初の「高速道路で救援要請」を体験することになったのである。
 暗い中、レッカー車を呼べるクレジットカードを探すがなかなか見つからない。ようやく見つけて電話して、結構待たされて(JAFとかこういう救援は電話がちっともつながらず、およそ長い時間待たされる)電話で話し、さらにレッカー車が来るまで待たされそうなことを聞いて、もしやと思いバイクのエンジンをかけたらかかった。そこから騙し騙し80km/h走行でなんとか帰り着いた。
 それからバイク屋に持っていき、3週間ほどバイクなし生活をした。
 バイクはラジエータのホースを交換して帰ってきたが、ちょっとオイルを入れすぎていたらしい。止まった原因がそれだったのかわからないが、少なくともある程度メンテナンスされて帰ってきた。
 それからしばらく経ったが、昨日あたりからまたバイクの調子がおかしかった。
 ときどきしゃっくりのようにエンジンに火が入らない状態がちょいちょいある。そうしてエンジンの回転数が乱れる時にライトも点いたり消えたりしているように見えた。でもおよそちゃんと走れる。
 今夜もちょっと心配しながらエンジンを始動したが、普通に動いた。でもまだ症状が出るかもしれないと警戒しながら走り出した。というか走り始めるととたんにおかしかった。回転数が上がらないどころかブツブツ言ってばかりで回転数が安定しない。ウインカーを出してもエンジンのブツブツに合わせてチカチカしている。これはまた来たか……あの感覚である。そして走りながらエンジンが止まった。
 走りながらエンストはこの秋2回目である。そんな特別感は要らない。
 路肩に停めて、後続車に見えるようにウインカーを出しておこうかと思ったが、エンジンが止まってまだ数分だが電源が「ぷち」と言って切れた。全く反応なしである。
 さっきからの症状も、電源完全OFFも、電気系統の異状を容易に想像させた。仕方ないのでとりあえず後部シートを開けてヒューズボックスを見てみる。しかし切れているヒューズはない。電気系統だからバッテリーも見てみるか、と思い工具を出してシートのネジを外し蓋を開ける。暗い中でもプラス端子がちょっと変なのがわかった。ライトで照らしてみるとネジがゆるんで端子が浮いていた。これでは電源が切れるはずである。
 ネジがゆるんでいても落としてなかったのは不幸中の幸い。ネジを締め直してエンジンをかけてみると、かかった。バッテリーを押さえておくゴムバンドが付いておらず、振動でバッテリーがよく動くようになっている。改善が必要である。
 とりあえず冷静に対処したおかげで早く解決できたが、時間は既に23時を回っていたのですぐに覚悟を決めたのも半端でなくいい結果につながったのかな、と考える。その後バッテリーをどうやって押さえようかと考えをめぐらせながら帰った。
 走行中のエンストはコリゴリだ。

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2012年5月20日 (日)

私とバイク 36

 行政の事故対応というのもまちまちである。
 警察は人がケガしたり死んだりする事故には積極的だが、そうでなければ流して終わり。書類も報告程度のものである。我々当事者に渡されたのもパトロール中に気になったことがあったときに渡すメモに軽く概要を書き込んだだけのものだし、最初にバイクで来た交番勤務の巡査が状況を聞き、交通安全課の事故処理車が来て現場調査をするが特に変わったものは装備していない。私のバイクのカウルが粉々になって散っていたが、それを避けたり集めたりする道具も特にない。たまたま載っていたらしいぼろぼろのベニヤを使って軽く寄せていたが、落ちている液体については「これ引火性じゃないよね、冷却液だよね。」と言ってそのままにしていた。
 警察があっさり引き上げてしばらくしてから巡回の消防車が通りかかった。欠片の山と壊れたバイクを発見して消防士たちがすっ飛んできた。「ケガはありませんか?救急車呼ばなくていいですか?」私が特に病院に行くようなケガはないと言うと「バイクがあんなになっているのに奇跡的ですね。ケガがなくて本当に良かったですね」と言っていた。他の署員たちがテキパキと現場を調査し、交差点でまだ踏まれそうなところにある欠片の山をほうきで掃いて動かし、きれいに積み上げた。落ちていた液体も「油性のものです」と言っておがくずで回収し始めた。そこにさっきの警察官が通りかかり、「これ冷却液でしょ?別に引火性ではないでしょ?」と消防士に意見していたが、消防士は「調べたところ油性なので処理しています。それ調べました?」と切り返していた。警察官は車のところに来て「あのバイクも欠片もちゃんと持って行ってね。」と確認して去っていった。警察のやらされ感と比較して非常にやる気にあふれる消防はきれいに処理した後に去って行った。
(つづく)

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私とバイク 35

 ただバイクに乗ったりいじったりしているだけでよければバイクの楽しみだけで済むのだが、保険とか税金とか書類の面倒くさいこともあるし、金もかかる。そんなことも考えなくてはならない。
 事故の相手はすぐに警察を呼べないなどどこか足りない人間なのはすぐにわかったが、最大の欠点はその後判明した。彼は私を家まで送ろうとしたり、レッカーを待つ間に寒いからと車に乗せてくれたり、迎えに来た奥さんがハンバーガーを買ってきてくれたりといろいろ世話を焼いてくれた。書類によると年齢は60代、定職はなく当日も夜間の警備の仕事に行く途中だったという。話を聞くうちに聞きたくないことを聞いてしまった。彼の軽乗用車は事故で前の角をつぶして冷却系あたりを壊したようで、最初エンジンがかかっていたがそのうち動かなくなった。聞けば既に古いので次の車検は受けずに廃車にするつもりだったそうである。もうすぐ廃車にする車だったから任意保険に入っていないという。私が死んでいたら彼の一族は全員破産だった。
 彼の頼んだレッカーが先に来て、彼は先に帰って行ったが、彼は私の住所などを詳細に聞いていた。私も彼の住所を聞いておいた。しかし彼は問題の行動に出る。
 どうやらどこかで入れ知恵されたようで、まず任意保険のない状況で彼が完全に不利だという事を知ったらしい。また、私がケガをしていないことにそのブレインは目をつけたようで、私が休みの日に彼はせんべいを持ってやってきた。「車が廃車と言われた。私も出費が大きい。その後どうも調子が悪くて病院に行ったらムチ打ちと診断された。信号を見てみたが近くの信号に時差があるようだから見間違えじゃないか。お互い出費も多くて大変だろうから示談で済ませられないか。」と言う。
 私は何よりこの入れ知恵が気に食わなかった。「私も両手両足に痣ができているので今日にも病院に行って診断書をもらえる。私は体が宙を舞ったのだから私のほうが危険な目に遭っている。信号の色だってあの信号は時間によりタイミングは様々なので少し調べればあの時何色だったかはわかるはずだ。何より私はマジメに任意保険代を払ってきたのだから保険代を受け取る権利がある。保険に入らなかったのはあなたのミスだから相応の金額を払っていただく。普通に裁判で争えば悪くても7:3であなたの負担が大だ。ここから先は保険屋に対応してもらう。もうあなたと話すことはない。この菓子も要らない。事故直後に世話になったことは感謝している。」と言ってせんべいは押し返そうとしたが逃げるように帰って行ったのでそこにせんべいが残った。そんなものは契約にも何にもならないのでそのまま保管してある。
 その後保険屋が何度も調査に行き、比較的彼の痛手が少ない方法からアドバイスしていたようだが、電話に出ない、居留守を使うなど対応はどんどん不誠実になってきたと保険屋から聞いている。彼が裕福ではなさそうなことは十分わかっていたので、無理にふんだくるようなやり方はしたくないと保険屋にも話していたが、保険屋もいい加減堪忍袋の緒が切れたようで「出るとこ出ていいか?」と問い合わせがあった。もう1年以上経ったし不誠実なので私も「お任せします」と言ってある。これで彼の負担には裁判費用が上乗せされることとなる。少しずつ払ってくれるのでもいいと言っていたのに、彼は一家で破産の方向へと自ら舵を切った。今度は入れ知恵した相手に恨み節を言うのだろうか?
(つづく)

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2012年5月 5日 (土)

私とバイク 34

 さて、保険屋の対応。
 電話をかけてきて、すぐに「ケガはありませんか?」事故にあった場合には警察官なども保険屋もみんなまずケガのことを聞かなくてはいけないのか、常識的に考えてまずは体の心配をするべきとされているのか、普通にそう思うのか、とにかくみんな一緒だった。そういえば以前、車のフロントガラスが飛び石で欠けていたので保険を適用した時にも電話で開口一番、事故の御見舞いとケガはありませんでしたかだったのを思い出した。
 さて、事故の状況などを聞いて相手の情報をあとで送ってくれと言われたところで話は終わり。レッカー車を頼もうとすると「業者に連絡するので待ってくれ」と言われた。ちなみに私はバイク屋の業界団体のクレジットカードを持っており、ここに連絡すれば無料でレッカーを手配してくれたはずなのだが、このときはどこに電話すればいいのかを忘れていた。実はカードに小さく書いてあったのだが。JAFは以前がっかりさせられたのであまり期待せず、一度電話してみたが「今日は混んでいるのでバイクの対応はかなり後回し」と半ば断られた。故障対応が優先だそうで。JAFに加入し続けること自体を悩む状況だが、きっと故障の時には来てくれるのだろう。JAFの加入者がどんどん減っているのもよくわかる。
 しかし保険屋のレッカーもかなり時間が経ってから連絡があり、やはり事故が立て込んでいて何件か当たったが比較的高い(バイク対応でなく四輪対応なので車がでかい)ところしか対応できなさそうだと断られ、それでもいいと言ってまた待たされて、結局2時間後くらいに話がまとまってその1時間後に来てくれるという話になった。とにかく待たされることになった。
 そして事故の相手。どうにも困った人であった。
(つづく)

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2011年9月29日 (木)

私とバイク 33

 右足を車に挟まれたら潰れる。右足をステップから浮かせた。バイクの下敷きになっても大ケガをする。衝撃に備えて腰を少し浮かせる。車は全く速度を変えずに右前の角を私のRVFのラジエータあたりにぶつけた。バイクは左に倒れてカウルを粉々に砕きながら数m滑って止まった。私はバイクから前に飛び出し、前宙をする形で7-8mほど飛んで背中から着地した。プロテクタを着けていたので痛みはほとんどなく、受け身のようにそのまま立ち上がった。振り返るとすっかり姿を変えたRVFが横たわっているのが見えた。すぐ後ろから走ってくる車がいなかったのはラッキーだった。
 私はすぐにバイクを起こしにかかったが、衝撃で変形しているため逆向きに傾いていてなかなか起こせない。反対側に回って起こそうとしたらぶつけた車の運転手がのんきな声で聞いてきた。「あの、どうすればいいかな?」
「警察を呼んでください。」私はあきれながらも怒鳴った。バイクを起こそうとしていると急にバイクが軽くなった。ふたりほど手伝ってくれていた。RVFを歩道に乗せて手伝った人は自分のバイクに乗るなどして去っていった。礼を言うので精一杯の状況である。そこにまたのんきな声が。
「このへんの警察署の電話番号わかりますか?104で聞いたけどわからないって言うんだよ。」
カウルの破片が道いっぱいに広がっている。バイクが倒れているうちは様子を見ていた車も破片を踏みながら通過しはじめた。ぶつけた車は相変わらず内側の車線を塞いだまま止まっている。
「110番してください!」先が見えた気がした。
家に電話する。「事故にあった。」保険の問い合わせ番号を聞く。
保険屋に電話する。そうすると事故対応の担当者が電話をかけ直すという。電話を切って歩道でしゃがんでいると視界がモヤモヤしてきた。携帯でメールを打つがよく見えない。その様子に気付いた通りがかりの目撃者が「救急車を呼びますか?」と聞いてくれた。しかしその時には視界も回復した。このまま病院に行ってしまってはこの状況が何の説明もなく片付けられてしまう。立ち上がるとサイレンを鳴らしてパトカーがやってきた。ちょうど保険屋から電話がかかってきたが、警察の検証があるからと電話を切る。
 警察官はまず「ケガはありませんか?救急車呼びますか?」と聞く。「これだけバイクが壊れているけどケガはないの?本当に大丈夫?」しかしケガがないのに救急車に乗るのも変な話である。まして救急車をタクシー代わりに使うなど非常識な市民を批判しているのにそんな使い方をしていいのか?救急車は遠慮すると、警察官はとりあえず一通り聞く。免許証を見て個人情報を書類に落とす。事故の状況を聞いてメモする。その間に事故処理のバンと近所の交番の原付がやって来て「カウルの破片を片付けなくては」と話したり事故車をUターンさせて端に停め直したりしている。事故処理のバンはろくな道具が載っていない様子で、ボロボロのベニヤを持ってきて破片を道端に押しやった。「レッカー車が来たら、これも片付けろって言えば片付けてくれるから、必ず片付けてね。」そこが税金の限界と言うことか。
 ぶつかってきた軽自動車の運転手は警察官に不明瞭なことを話している。「信号が青になったから前に進んだ。先頭で信号待ちをしていた。急に目の前にバイクが来てびっくりした。」要するに前をほぼ全く見ていなかったらしい。止まらないはずである。
 私に話を聞いていた警察官が改めてやって来た。「ケガしていないなら物損事故の扱いになるので、刑事事件にはなりません。保険屋さん通して民事で解決してください。でもあちらさんの方が責任大きいと思うけど保険に入っていないみたい。」と言う。とんでもないのに引っかかったかもしれない。(つづく)

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2011年9月22日 (木)

私とバイク 32

 これほど翻弄されながらバイクに乗る人というのもどのくらいいるのだろうか。
 2011年1月17日は、忘れられない日になった(入籍した日も忘れているのに)。この日はサッカー日本代表のアジアカップの試合があった日である。私は少し試合のことを気にしながら、仕事を終えて帰ろうとしていた。仕事場で持ち歩いているカバンは肩掛けで、通勤時に持つカバンはデイパック。デイパックはRVFの後ろにネットでくくって、肩掛けカバンを袈裟懸けにして自分の事務所から中央の事務所に移動する。いつもそこに仕事用の肩掛けカバンを置いて帰る。

 この日もカバンを置きに中央の事務所に行った。すると、私は気付いていなかったが3ヶ月に一度くらいの床清掃の日だった。この日は床を水ぶきしてワックスをかける。ワックスが乾かないと足跡が付くので入れない。私は自分の事務所にカバンを再び持っていくか、この日は特別に家まで持って帰るかで一瞬悩んだ。その時脳裏に再びサッカーの生中継が思い浮かんだ。速やかに帰れば前半のうちに家に着くかもしれない。私はカバンを持ち帰ることにした。後から考えると、これが運命を決めた。

 私はカバンを袈裟懸けにしたまま門を出て、バイクを走らせた。最初の信号にさしかかるとちょうど青に変わった。交差点を右折して大きな通りに出た。下り坂でスピードは上がりがちだが横から出てくる車もよくいるので制限速度を超えないかスピードメーターも見ながら走っていくと、先の信号が3つとも青になっているのが見えた。10mくらいしか間隔のない2つ目と3つ目の信号はちょうど青に変わったところで、2つ目の信号待ちをしていた車列が進み始めていたのが見えた。私はひとつ目の信号を通過しながら、前の車列が次のふたつの交差点をおよそ通過したのを見た。3つ目の信号の対向の右折レーンから1台目の車が右折してきたが、私が交差点にさしかかる前に余裕で右折を終了できるタイミング。急ぎ気味にその車は右折していった。私はクリアになった交差点を直進できる状態で2つ目の信号を通過したが、その時にさっき右折していった対向レーンの後続車が怪しい動きをしているのに気付いた。スロットルを緩めてブレーキもかけるが、交差点の手前で止まるには既に距離がなさ過ぎる。急ブレーキをかけてもバイクがひっくり返って転げながら先に進むだけだ。さらにバイクを左の車線の方に向けて回避行動に入りつつ対向右折車を見る。クリープ現象よりも遅く半端にブレーキが効いているようなゆっくしりたすすみかたで右折してくる。信号も確認するが青のままである。その黒い軽自動車はそこで軽くブレーキを踏み足せばすぐに止まれるくらいの半端な突出、しかし全く止まらない。左に避けている私のバイクにこのままだとドンぴしゃのタイミングで右前の角をぶつけてくる。

 「てめえなんで止まらねーんだよ!」私は叫んだが車はそのタラタラした動きを全く変えなかった。

(つづく)

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2011年7月15日 (金)

私とバイク 31

 バイクの通勤はいろいろあって、嫌なことがあったりいろいろ気にしてややストレスもあったりしたが、しかし充実していた。夜「ようし、帰るか。」でバイクを走らせ始めるときに「ああ、バイクに乗っているなあ」という感慨がいつもあった。「今日は何かないかな」という不安や「雨で前が見えにくいな」というのもままあったが。

 途中で止まったり、修理が必要になったりというバイク通勤が1年経ち、また異動となって前の職場に戻った。片道10km以内の通勤で、渋滞も多いのでバイクは役立つ。4輪を使うのは少しもったいない感じ。夏が非常に暑かったので、短い距離にプロテクター入りの上下を着るのもやや面倒に思えたが、それでも安全第一と思ってマジメに着て通勤していた。

 そして盗まれた夏から2年が経ち、車検があった。車検から帰ってきて、風防に白い結晶のようなものが付くようになった。どこから出ているのかわからない。何かが飛び出して風防の内側にかかるというのを見ることもなかった。しばらく放っておいたが、白いのが少しずつ増えてくる気がしたのでまたバイク屋に持っていった。

 バイク屋でもすぐには何なのかよくわからない様子だった。一応ラジエーターのホースを止めるクリップは新しいのに替えてみてくれた。するとその後は白いのが出てこなくなった。どこからも何かが飛び出すというのはなかったので、冷却液か何かがジワジワと漏れていて、ラジエーターかどこかで温められて蒸発か気化し、風防の内側について凝固していたのではないか、と言っていた。

 ハイビームの切り替えボタンが押したらもう一度押しても戻りにくくなっていたので、それも直してもらった。何かの油が付いていて、それが硬くなって粘ついていたのでシンナーで洗って落としたと言っていた。細かい修理があってバイクはますます好調になっていた。

 しかしまた運命の日はやってくる。

(つづく)

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私とバイク 30

 冬場はそんなに問題なく走っていたが、気になることがひとつあった。クラッチがなんだかとても重い気がするのである。盗まれて、帰ってきた時に少し重くなった気がしていたが、最近は私の握力に挑戦しているのではないかと思うような重さを感じるようになっていた。なぜそんなに重くなったのか、ネットで調べてみるととても重い人、とても軽い人いろいろいるようである。軽くした人の話ではワイヤから油圧に替えたというものもあり、根本的に変えないとダメではないかというような感じもあった。他に「急に重くなったので油を塗ったらいくらか軽くなった」というのがあった。やはりワイヤの油が切れたり錆びたりすると重くなるのだろうか。しかし錆びたくらいでこんなにバネが何倍かに増えたような弾力のある抵抗を感じるのだろうか?
 そう思いつつもワイヤを引っ張り出すなど遊んでいる暇がなかったのでバイク屋に持って行ってみた。引っ張り出してみたら錆び錆びだった。おそらく雨が多かったのでワイヤの真ん中辺まで水が入ってしまったのだろう。盗まれて放置されていた事も影響していたと考えられる。ワイヤを交換したらものすごく軽くなった。錆びているだけでバネがパワーアップしたような重さになるのだ。
 重い方が筋トレになっていいかも、などと考えたりしていたが、クラッチミートがおかしくなったりもしていたので(そりゃそうだ、引く時だけでなく戻る時も動きがおかしいはず)、直すことは安全上も必要だっだ。いろいろと金はかかるが、だんだん賢くなっていく。

 そんなこんなで、私の片道25km通勤は道にも慣れて、寄り道のいくつかもようやく覚えて、1年が経つ頃にはずいぶんと充実してきた感があった。労組で共に仕事をするバイクの先輩(彼は平気で毎日100km以上走っていて、バイクもすでに何台も更新している)も「すっかりバイク乗りになったねえ。」と言った。しかしこの道のりの通勤も終わろうとしていた。

(つづく)

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2011年6月25日 (土)

私とバイク 29

 対向の信号は左折矢印である。しかし信号待ちの車は動いていない。左の道もいつになく渋滞がひどい。何か異常があると思い右のほうを見ると交差点からすぐ右のところでヘルメットをかぶった人がひとり倒れていた。さらに右の方には小型のスクーターが倒れている。何らかの事故でバイクが倒れ、バイクから落ちた人よりさらに先にバイクが自走して倒れたというような雰囲気であった。倒れたバイクのエンジンは止まっており、横たわる人は坂の下の方に頭があった。フルフェイスヘルメットのバイザーは少し開いており、隙間から吐息の湯気が見えていた。湯気の出方を見る限り、ゆっくりと深く落ち着いた呼吸をしているようだった。どこからか出血しているようで、坂道を少し血が流れていた。

 姿が見えてすぐに119番通報をしようかどうか考えたが、こちら側に自転車を置いて介抱に行っているおばさんがいた。おばさんの反応を見る限り、負傷者はおばさんの言葉に反応しているようであったし、幸い消防署も近く救急車の音は早くも接近していた。病院も近くにいくつかあるので大丈夫だろう、と思い私は次の青信号で先に進んだ。

 交差点を過ぎてすぐに救急車とすれ違った。坂道の途中で消防署の前を通った時、緊急車両を送り出した後の片づけをしていた。私は正直、「消防署が近くて彼は命拾いをしたな」と考えていた。それで近くに救命措置をできる人がいて病院にも早く到着できれば不幸中でも幸いでおつりが来るだろう、と思っていた。

 次の日は仕事が休みでそこを通らなかった。2日後、出勤途中にその交差点で信号待ちをしていると、向かいの角に花がいくつか置いてあった。

(つづく)

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