2010年7月 9日 (金)

当たって恨まれる占い師?

 日本人は多分みんな同じ事を考えていると思うが、
 タコに逆恨みとはひどい話である。タコが何をしたって、気に入った貝を捕っただけの事である。何もスペインを応援したとか勝たせたとかではない。占いは、好むと好まざるとに関わらず現実がどうなるのか予想するのに過ぎない。正解率が高いからといってタコの力で何かをしたわけでもなく、タコにそもそもサッカーがわかっているとは思えない。むしろ今後もいろいろ頼らなくてはならない。
 タコの飼育係はもしかしたらいつもドイツ箱に美味しそうな貝を入れているのかもしれない。それで正解率が高いのはドイツが強くていつも勝つからである。ドイツが勝つと予想して外していたら全く非難されずに済んだのだろうか。そんなのは占い師ではない。
 だからタコに八つ当たりするとか逆恨みするとか、理論的に全くおかしいので、文化というよりも知能の心配をしてしまう。大丈夫か、ドイツ人。

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2010年6月25日 (金)

アズーリの悲劇

 確かに日本の3得点も意外だったが、イタリアがスロバキア相手に3失点で負けるのも意外だった。

 カテナチオはやや自信に欠けていた。しかし今回の強豪たちの不振は、そもそも獅子が一兎を追うのにも全力を使うというあの心意気を忘れていたことから始まっている気がする。過密日程で終盤にスタミナ切れとなることを恐れて作戦を練ることも必要だし、実力から考えて温存する選手を何人か選ぶのもあるべき「ずる賢さ」かもしれないが、それにしても序盤で策におぼれてコケるというのは間抜けである。本当の賢さは、相手が「もう少し手を抜いてくれればチャンスがあるのに」とがっかりする程度のアドバンテージを残すところにこそある。

 デンマークにも油断があったし、序盤この調子で日本をドン引きにさせておけばセットプレーで勝てるという自信も見えていた。ただ、確実に勝たなくてはならないというプレッシャーから来る堅さも随所に見えた。引き分けでいい日本がダラダラやらないように主審も最初から時間の使い方には厳しかったのでデンマークには有利だったはずだが、逆にカウンターを恐れすぎて必要以上にファウルで止めすぎた。それが徒となった形である。

 もうひとつ、日本が変わりつつあることに気づけていなかった。それは、最近の勝てない練習試合に猛烈な欠点であった「長いキックの少なさ」から脱却しつつあったことである。そもそも日本人はけっこうセットしたボールを蹴るのが好きである。Jリーグにはフリーキックの名手がたくさんいる(いた)。本来の力が出せれば狙ったコースに蹴り込むなど訳もない。せせこましくパスを回しているだけではペナルティエリアの守備を固められるだけでチャンスはやってこない。いい場所でファウルをもらうには遠くからも撃つ能力とその姿勢を見せなくてはならない。今回幸運だったのは、デンマークが勉強熱心で日本が少しは遠目からも撃つようになってきたことを対策してくれたことと、さらにキーパーが自らの視線を遮る高い壁を作ってくれたことである。

 デンマーク代表は背が高いのでセットプレーの競り合いは有利である。しかし競り合わない壁で20-30cmの差はそんなに大きくもない。にもかかわらずFKの壁は多数枚並べてしまった。それでGKにはどの程度の安心感があったのか知らないが、おそらくGKからはボールが見えなくなっていた。ゴールマウスというのはけっこう広いので(それであれだけシュートを外すのだが)、ボールの飛び始めがせめて見えればまだ端まで移動できるのだが途中からでは無理である。本田のFKで失敗しておきながら、遠藤のFKでまた同じことをしていた。しかも壁はジャンプしていない。策に溺れるとはこの事である。

 デンマークが失点していなかったら、攻め込まれるたびに日本はドン引きの守備をしてピンチを招いていたかもしれない。が、2点の余裕はドン引きでPA内のファウルがあってもまだ余りあるものだった。PKで1点入っても、余裕が前線の守備を続けさせたのである。あらゆる因子が日本に有利に働く組み合わせになっていた。それも発端はすべて、日本が思い切りの良いミドルシュートを放てるようになったことに起因している。

 思えば、ヨーロッパ勢にはそういう思い切りの良いプレーがあまり無かった。細かいパス回しからうまいシュートばかりを狙っていて、ヨーロッパのリーグで見られるような景気の良いシュートが見られなかった。それ故見ているほうにも不満が貯まり、日本のデンマーク戦のような試合がアフリカの見物客にもウケたのである。

 緩急付けるというのは、90分の中でのペース配分など難しいものである。それを指示できるゲームメーカーやボランチ、監督などがいればゲームの進行は管理されるのだが、いないチームでは運を天に任せるしかなくなっている。開幕前の日本に足りなかったのはそこだった。今は誰かがゲームを作ることができているのか、それとも運がいいだけなのか。

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2010年6月20日 (日)

甲子園みたいなもの

 FIFAワールドカップがけっこう盛り上がっている。

 サッカーは唯一と言える世界中で行われているスポーツである。からして、世界中を巻き込める大会があれば盛り上がるのも無理はない。一応、いちばん上手な人たちがサッカーをしているわけであるし。

 一応だなんて、最高のレベルの人たちが最高のレベルのゲームを展開しているのに何を言う、と素人さんは宣う。いやいや、国や地域の代表と言っても、そんな狭い縛りで選んでいる上に、普段練習しているチームメイトではない、寄せ集めである。外国人まで呼び寄せて全体の構成を考えるクラブチームと比べれば、人材の集まりもお互いの認知度も実に低い。代表といえば聞こえはいいが、地理縛りのオールスター合戦というお祭りに過ぎない。

 だから国の期待を背負うとか、プレッシャーが重いとかいうのは随分と筋違いである。そもそもサッカーのようなスポーツに国同士の政治的なゴタゴタを持ち込むのは御法度である。全世界が仲良くしようというのがスポーツである。みんなは「いちばんうまい人の集団だから強いに決まっている」なんてズレた期待をしているからプレッシャーになるかもしれないが、重くとらえる必要は全くない。サッカー発祥の地であるグレートブリテンとか、サッカー王国として商売しているブラジルとか、そういうところが勝たないとラベルに傷が付くから、それはそれでまた違う世界の話。相撲や柔道で危機感を感じるようなものである。

 さて、日本でもワールドカップの当事者になるにつれ、いろいろな人が興味を持ってみるようになった。特に日本代表の「サポーター」という人たちには、普段サッカーを見ていないような人がたくさん入っているらしい。ここまで書いてきた話につながるが、本来サッカーファンは代表でなくクラブチームのサッカーを主に見ている。なので代表の時だけサポーターが増えるというのは筋とは全く逆なのである。なぜそんな風にワールドカップに人気があるのか。

 それは程度として高校野球に非常に似ているから、と私は思う。高校生の野球はプロと違ってどこか頼りない。それは練習不足である代表のサッカーに通じる。助っ人外国人もほとんどいない(一部帰化選手というのがいるが)。それが、短い期間のトーナメント(一部リーグ戦だが)で破れては涙とともに消えていく。地元が出ているから応援する。地域によって強弱の差がある。みんなが好きなどの特徴を取ってもかぶるのである。

 でも本当の野球ファンは応援席に吹奏楽部のフルメンバーが集まって「演奏」しちゃっている応援より、ラッパと太鼓に合わせてメガホンを打ち鳴らすコンバットマーチのほうが好きなのである。いや、本当のベースボールファンは音など出さずにホットドッグを食べてエレクトリックオルガンの音を聞いているのみか。

 本当のサッカーファンが燃えるのはUEFAチャンピオンズリーグとかコパリベルタドーレスとかトヨタカップとか、そういうところである。だが、サッカー選手としてはより多くの人口が見てくれているワールドカップで活躍して記憶や記録に残りたいという意識はあるだろう。いずれにしても、祭典であるが。

 盛り上がるのもいいが、変に構えてサッカーファンの気分を損ねるのはやめてほしいとも思う。野球のWBCでもそんな風に思ったりするけどね。

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2007年11月28日 (水)

ブッフバルト、アーヘン監督を解任される

そりゃそうでしょう。横にエンゲルスがいないのだから。

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