2013年11月30日 (土)

ストラップを付けたった

 日本人にもかなり気に入られているiPhoneにはストラップを付ける穴がない。ジョブズが嫌いだったのか、アメリカ人の手が一般的にでかいからか知らないが、あちらではストラップは付けないものらしい。その割にモトローラの無線機にはストラップがしっかりセットされているのだが。
 最近10.1インチのタブレットを買った。Windowsのものが欲しかったが新品は高いので中古で買った。7インチでいいと思っていたがなかなか中古に出てこなかったので10.1が出てきたのを見てうれしくなって買ってしまった。
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液晶保護シートは適当なのを買って切って貼った。保護というより指の滑りのため。少し斜めなのは御愛嬌。

 これまでのネットブックの半分くらいの重さで、薄いのは確かにかさばらない。それで動作は速い。中身はいいのだが、持ったときの第一印象は「持ちにくい」。薄っぺらのツルツルである。
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裏。
 先日、朝のやや混みの電車でうれしそうにいじっていたら、つるっと手から逃げ出し隣の女性にボディアタック。ぶつかったところでキャッチして止めて平謝りだが、これから冬になるとカサカサの乾燥指はますます吸着力を失う。これは危ない。
 普通に売っているアクセサリでストラップを探しても見つからない。あってもカバーに首掛けストラップが付いているようなものである。ネットで検索してもその手のものしか見つからない。もちろんストラップの穴は付いていない。
 いつもぶら下げていたいわけではない。イヌもリードで引っ張って散歩するのではなく、トレーニングした上で万が一のためにリードを付ける。そんな万全の強度を必要としているのではない。
 そこで考えた。これをぶら下げるためのものがないのなら、何かをぶら下げるためのものをくっつけてしまえばいいのである。
 買ってきたのは「粘着フック」。
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 800g弱なので、2kgに耐えるくらいにしておけば落下時の衝撃にもある程度耐えられるだろう。
 フックのままぶら下げても逃げていってしまうし、他の何かを連れてきてしまうかもしれないので、先は丸めてほぼリング化する。
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 そしてこれをどこにつけたらいいか、あまり邪魔でなくバランスを取りやすいところに付ける。2-300円なので失敗だと思ったら付け替えるのにそれほど抵抗がない。
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 軽くぶら下げてみるが特に問題ない感じ。ケースに入れるのにもあまり邪魔にならない程度の出っ張り。
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 裏に突起物が付いたので持っているときも引っ掛かりができた。これで落とすことも少なくなりそうだし、もし落としても向こうに逃げていってしまわない。首にぶら下げておけば網棚の荷物を両手で持つこともできる。
 大いなる自己満足で自分にドヤ顔なのだが、しばらく使ってみないと使い勝手はわからない。

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2011年4月15日 (金)

twitterとしばらくつきあってみた

 地震と原発の関係で情報収集に役立ちそうなのでしばらくツイッターにつきあってみた。
 ツイッターは去年ワールドカップの時にスカパー!がイビチャ・オシムさんのつぶやきを流すというので登録していた。が、そんなにつぶやくこともないのでほぼread onlyの状態で、しかもしばらく忘れていた。
 仕事の関係でウガンダの人たちとfacebookを使っていたのだが、1月に携帯を替えてそれまでの極安プランからパケット使い放題に変更せざるを得なかったので、ついでに携帯でfacebookやtwitterを使ってみようと思ったのである。
 facebookはblogに近い感覚なのでページの中でいろいろいじって作り上げていく感じ。twitterはリアルタイムで進行していくので、他人のペースを気にしなくてはならないことがある。ひとりでかってにつぶやくだけなら何でもないが、相互フォローで同じ時間にアクセスしていると完全にチャットである。一昔前、チャットが流行った時にみんなかなり一生懸命にリアクションし合っていたが、相互フォロー同士ではその傾向が見られる。チャットの時のように、あるテーマに共通性があると知らない人と交流が始まったり、同業者で盛り上がったりする。
 チャットとしてのtwitterはいつ始まるともわからず、地震や被災地援助、原発が関わるとおよそみんな参加しがちである。ただ仕事をしている人はいつでも入れるという事はないため、みていると自営業者や自由業者、学生、おそらく無職、仕事が休みの人などが頻繁につぶやいたりそれに反応したり、会話したりしている。原発関係では大学教員や科学関係のツイートにみんなが飛びつく。政府やマスコミの情報が正しいのかどうか確認する。政府やマスコミ、選挙の立候補者を責めるようなツイートが出るとそれを否定したり質問したりするツイートが集まる。誰かがリツイートして気がつくか、あるいは気になる項目として検索をかけている様子である。傾向としては民主党政権批判に対して擁護するようなツイートを書き込むと民主党批判の人が多く反応して祭状態になっていくことが少なくない。しかし私のツイートに突っかかってくる人はほとんどいなかった。運不運もあるのかもしれない。
 使える時間、相互フォローなどがコミュニケーションのひとつの因子になるため、共通性を持つ人でやりとりしていると結局同業者、友達、同じ趣味などの親密性の高いコミュニティにいつも集まる傾向が出来る。およそは全体に公開して会話しているので割って入ることも不可能ではないが、結局チャットのルームのような小コミュニティが形成され、知り合いがいれば他の小コミュと少し絡んだりしてコミュ同士の流動的な交流も生じてくる。コミュ同士の交流が容易に可能な点でチャットとは大きく異なる。
 リツイートも交流の機会を作り出す。twitter上のコミュニケーションには相互フォローが必要だが、一方だけフォローしている「片思い」状態でも継続できる。芸能人などをフォローしていれば、リアルタイムのつぶやきをみることができる。ブログ以上にリアルタイムかつ素である。自分をフォローするフォロワーを逆にフォローすると、自分に相手のツイートが見えているということになるので、無視できなくなる。フォローしていなければ、自分がフォローしている人とのやりとりに登場したり誰かにリツイートされて知り合いが受けたりしなければツイートはいつも見えない。なので知り合いしかフォローしないという人もいる。そうして小さなコミュニティが形成されていく。
 フォロワーのツイートしか見えないので、たまに自分に返ってきても見えない場合がある。私がA氏のツイートに対してそれに関する文章を入れて返信する。A氏は私の返信に対して引用しながら返信する。この相手を限定したようなお知らせもA氏のフォロワーにはA氏のつぶやきのひとつとしてみられる。その中のB氏がツイート内容に気になることを発見して私かA氏に自分の言葉を書いて返信する。ところが私はB氏をフォローしていない。B氏のツイートは私に何か語りかけているかもしれないが、私はそれをみることができない。というか気づかない。
 普通にブラウザ上で開始するだけではこのように相手が見えないことも生じる。また、少なからぬ人が、他の人のツイートを引用して半分ツイート半分リツイートのような書き方をしているのに気づいた。そこで「ついっぷる」のようなwebアプリケーションを導入すると引用ツイートができたり、自分のアカウントがついたツイートを簡単に検索したりしてくれる。もちろん本家のウェブサイトでも@検索で自分を捜せば先述のようなTLに登場しない返信も探すことはできる。
 ハッシュタグも振り分けや検索を容易にする。しかしtwitterの自動検索は混み合うと見落としが生じるようで、私が付けたハッシュタグが検索でひっかからず流された事もある。専門家はツイートした内容に責任を持たせるため資料を添付したりリンクを付けたりする。それらがリツイートされ、ヒットすると何度もいろいろなところでリツイートされる。そこにウソや間違いが入っていたとなると批判されたり野次馬が参加してきたりして祭になる可能性もある。専門家たちも閲覧者の役に立つと思ってデータを出したり評価したりするが、ジャーナリストやマスコミでウソや間違いの証拠を挙げられてしまうこともあり、信用を失いつつあるジャーナリストも散見される。便利であるが故に、テキトーな事も言えない、そういう意味では健全で切磋琢磨の可能性も持つツールになっている。
 だが、会話のかみ合っていないツイートも多い。今、一日中twitterとつきあっている「熱い」ユーザーがいるが、いつか疲れてやらなくなってしまうのではないか、とも思える。
少なくとも組織に時間や仕事内容を縛られているサラリーマンに濃いツイートは無理である。 どう変動するか、震災関係のツイートが減らないと平常時の傾向がつかめなさそうである。

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