2014年1月13日 (月)

カレンダーの魔法

 仕事場ではカレンダーを3つくらい置いている。
 ひとつは今月のところが開いてあって、予定などが書きこまれている。もうひとつは毎年素敵な社長の挨拶状と共に届く文永堂出版の卓上カレンダーで次月を開いている。もうひとつは背後に大きめのカレンダーをぶら下げてあって、もう一月先を開いてある。
 この背後のカレンダーは4年前くらいから使い始めているのだが、最初はウガンダの動物園(UWEC)のカレンダー、次はツシマヤマネコのカレンダー、次は「世界の車窓から」のカレンダーを下げるも異動で置いてきた。次は千葉市動物公園のカレンダー。よく考えてみると、カレンダーのところにその年か次の年くらいに出張で行っているのである。
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 もしやこれは、背後に名所のカレンダーを下げておけばあわよくば出張で行けるのか?と、近くにあるカレンダーを漁るとブラジルのストリートアートと世界遺産の絵が出てきた。まさかのブラジル?あるいは世界遺産のどこか?出張には縁がなさそうだけどどちらにしようかな。世界遺産は絵画だから、ギャラリーの辺りに行くことになってもなんだしな(ありそう)。かといってどの絵にもがっつりコーラの瓶が入っているのもそんなに好きではなく……。

※余っている名所のカレンダー募集中です。でも「世界刑務所めぐり」とか送ってきても絶対に使いません(あるのかそんなの)。

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2012年5月18日 (金)

ウガンダという所 3

 ウガンダでは水道水を飲んではいけないと言われていた。それどころかうがいでも口に入れないほうがいいとまで聞いた。これは人により違うのかもしれないが(同行のうちひとりは歯磨きに水道水を使っていたが、この人はかつて青年海外協力隊JOCVでフィリピンの地方に2年滞在した経験がある)、まあ用心するに越したことはない。海外滞在中に腹を下すリスクはなるべく冒したくないものである。
 いずれにしてもエンテベの人たちも水道水は飲まない。その辺のお店では水の500-600mLペットボトルを必ず売っている。UWECの売店でも水を売っているが、カンパラの大型スーパーの倍以上の値段だった。観光地や外国人客の多いところでは割高なようである。それでも日本円にすればUWECの売店で約100円、カンパラのスーパーでは50円くらいのものである。
 都市部でも水道は網羅されているわけではなく、地方に行くと水道もろくにない。幹線道路沿いでも水道水の配給があるのか大小様々な黄色いポリタンクを持ったこども達が集まっている場所を何箇所か見かけた。屋外のレストランなどでは蛇口付きのポリタンクが置いてあり、それは手洗い用である。ウガンダでは食事前の手洗いが奨励されているようで、何箇所かで「手を洗って食中毒や経口感染症を防ごう」というポスターを見た。まあ日本と同じである。石鹸がおいてある場合、石鹸は小さい。持って行く人がいるのか?かつて日本でよく見たプラスチックの網は役に立ちそうだが、ウガンダではたぶん見かけなかった。
 飲料水が貴重なわりにエンテベではみんなジュース大好きである。そもそもコーヒーや紅茶とともに牛乳と深皿に山盛りの茶色い砂糖が出てくる。ウガンダでも砂糖は製造しているらしいが、東南アジアでも砂糖大好きだし、欧米や日本ほど甘いものがあふれていないところではお茶を甘くして飲む傾向は強いかな、と感じる。コーラとマウンテンデューをよく見かけた。リユースガラス瓶である。王冠はそこら中に転がっており、リサイクルはない様子。お店などでも店員さんなどが開けると王冠は床に転がしっぱなしである。
 ジュースがそれだけ飲まれているため工場が国内にあるらしい。水ものはジンジャというところに工場が多いようで、ジンジャはビクトリア湖から出るナイル川の起点である。そこにはウガンダオリジナルのビール工場もある。ウガンダで見かけたビールはNile special、Bell、Clubなどの銘柄で、それぞれに何種類かありそうだったが、たいていは通常版の大瓶が出てくる。ビールの流通量はかなりのものらしく、あちこちで携帯電話会社かビールの広告が出ているし、ビールを運ぶトラックもよく見た。S_p1160721
 ウガンダのレストランに入ると料理を注文してから出てくるまでに結構な時間を要する。1時間くらい待たされても文句は言わない。冷えたビールならすぐに出てくるので、ビールを飲んで話しながら料理を待つのが普通のようだ。エンテベは国際空港がありかつて植民地政府の駐留地であったようなので外国人向けのレストランもたくさんある。有名なのは中華だったが、歩いて行ける距離にあった中華料理店はちょっぴり違う中華が出てきた。テーブルに置いてあった醤油がちょっと違う感じ。酢豚は豚肉があるのかないのかよくわからない揚げ物と大きなパイナップルが入っている。このパイナップルが非常に美味。ウガンダはパイナップルがたくさん採れるようで、カンパラなどでは大八車を引いて山盛りのパイナップルを売っている人をたくさん見かけた。このパイナップルが非常に甘くて美味。パイナップルジュースも美味しい。そしてスイカジュースも美味しい。非常に甘い。果物は出来がいいようである。S_sbsc0877
 ウガンダはかつてイスラムの指導者が統治していた時期があり、カンパラの山の上には巨大なモスクがある。しかし現在はプロテスタントの指導者であり、キリスト教徒がかなり多いらしい。しかし地方などにはイスラムも少なくなく、豚肉を食べる習慣はあまり広がっていないらしい。牛はその辺で放牧しており、地方に行くと牛の群れが道を渡っているのに車が止められていることもよくある。牛は角が巨大な品種である。料理に出てくる牛肉は固いのが多い。牛肉は比較的安い肉らしく、彼らのごちそうは鶏肉だそうだ。
 ローカルフードは健在で、基本的にみんなローカルフード中心の食生活のようである。主食のひとつがマトケ=バナナ。バナナも様々な品種があるようで、フルーツバナナは少ない。デンプン質のバナナが料理されて出てくるが、すりつぶしてバナナの葉などで包み蒸したものもあれば元の形のまま焼いたものもある。蒸した料理でも酸味のあるものもないものもあった。いずれにしてもやわらかくて繊維のないイモのような感じである。
 ポショというのはトウモロコシの粉に水を加えて練って蒸したもの。トウモロコシの粉の文化は周辺の国と似ている感じだが、バナナは緑の多いウガンダならではという気がする。他にサツマイモやキャッサバなどアフリカのイメージにたがわないイモ類、マメの煮物(人はbakedと言っていたが)、長粒種の米、牛肉か鶏肉の煮たものなどが同じ皿に載せられ、マメや肉の煮汁を混ぜながら食べる。地元では粒の小さなピーナツが採れるらしく、おやつで炒ったピーナツをよく食べているが、ピーナツをすりつぶして作ったジーナツというソースも人気があるらしく、人によっては何でもこのジーナツをつけて食べることもあるらしい。しかしUWECの昼食を出す社食ではジーナツは出なかった。印象深いソースだが、別にみんながみんな使っているわけでもない。
 ちなみにUWECの社食は昼食のスタートが13:00だった。これもアフリカ時間か。S_p1130465
 ウガンダは現在中国資本とインド資本が多く入っているという。エンテベの市街の一部がインド人街になっており、スーパーにもインド料理のスパイスが置いてある。品揃えも少しリッチで、缶ジュースが置いてあった。そこでは地元の人を対象としたフードコートもあり、テーブルに着くとその店に飲み物を頼み、周辺で展開している屋台から焼き物を買って食べる。イギリスの植民地だったせいか、どこに行ってもジャガイモのチップスがあり、頼むとたくさん出てくる。そこでも山盛りのチップスにヤギ肉の串焼き、チキンのグリル、焼きマトケなどを食べた。味は素朴だが素材の味が活かされており私には非常に美味である。最近の日本人はやわらかくて味の濃いものを食べ過ぎて味覚が麻痺している人が少なくない。逆に薄い味付けで味覚を守っている人も少なくないので、ウガンダの料理の評価はきっと半々だろうと思う。
 空港の近くにはインド料理のレストランもあった。おそらくウガンダの人には高級で近寄りがたいと思われる。高級と言ってもエアコンなど使っていない。でも薄暗いながら灯りが点いている。ここがさっきの店との大きな違いで、ウガンダの夜は結構停電がある。インド人街の屋外の店は停電でほぼ真っ暗。屋台で発電機を使っているので遠めにちょっと光があり、ぼんやりとした灯りで会話することはできるが料理はあまり見えていない。でも明るいとおそらく虫がすごいので、暗いなりの利点もなくもない。インド料理店は停電のとき大型発電機で灯りを点けているらしい。
 ホテルにいても夜中に時々ブラックアウトになる。数秒後に復電する。というのはおそらく発電機が動いてまた電気を流すのである。しばらくして送電が回復すると自動的に切り替えるようで、また停電になったりする。一晩に何度もブラックアウトのあることもあった。その度にテレビは衛星放送の受信機か何かが再起動してしばらく番組を見られない。

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2012年5月 6日 (日)

ウガンダという所 2

エンテベ空港に降り立つ

 私がエンテベEntebbe空港に着いたのは1月12日。日本を出る時には一応寒くないような格好をしており、しかしコートのような荷物を持っていってもアホらしいのでフリースの上着と薄手のカッパ(兼ウインドブレーカー)を重ね着して、中継地ドバイでどんな気温かわからなかったのでフリースを腰にぶら下げていた。実際、ドバイでは飛行機からバス、バスからターミナルの間のわずかな時間しか外には出ず、そして寒くも暑くもなく、空港ビル内は快適だったので薄着で充分だった。上着は成田で全部トランクケースに入れてかまわなかった。で、Tシャツと長袖のダンガリーシャツを着ていたが14時台の晴れたエンテベでは暑かった。
 おそらく気温は25℃程度。しかし日本の湿度が高い夏と比べれば実に過ごしやすい。マラリアにかかる人が常時ある程度いるというので、外務省やJICAの勧告では常時長袖、蚊取り線香の使用、蚊に刺されるおそれのある場合には抗マラリア薬の予防的服用を行うべきとされており、私も基本長袖、長ズボン、靴下、スニーカーといういでたちであった。しかし長袖でも苦痛というほどではない。ウガンダ人である程度経済的に余裕がある人たちも服はそんなにたくさん持っておらず、基本長袖である。腕まくりもそんなに見ない。紳士の国で服装にみんなある程度気配りしているせいでもあるかもしれない。この気温の中で、冷房の効いているところもほとんどないのに、ホワイトカラーの接客時にはネクタイ、スーツの上着も着用であった。聞いた話の通りだった。S_p1120272_2
 ちなみに、私がウガンダを訪れた時に職員のお父さんが急性マラリア熱で治療中だった。抗マラリア原虫薬は日本で買ってもけっこう高い。ウガンダの経済で庶民がそんな薬を容易に買えるはずもなく、大抵は解熱剤など対症療法と寝て治す程度の対応らしい。抗体を持っている人が多く、重症化もそんなにないと彼らは話していた。
 そんなマラリアの心配がある地で、白人やおそらく欧米から来た有色人種たちはかなり肌の露出が多かった。私が仕事で行ったエンテベのウガンダ野生生物教育センターUWECではボランティアの人がたくさんいたが、そのうちフランスの大学に通う中国人学生もプライベートでは袖無しのワンピースなど着ていた。私が腰に下げていた「どこでもベープNO.1未来(R)」は各国の人から注目の的だったが、それを見ながら話していてその学生が毎日抗マラリア薬を飲んでいることが判明した。この薬は気持ち悪くなるなど副作用の出ることも少なくないのだが、学生さんは特に何もないと言っていた。
 私は仕事の関係である程度のお金を持っていなくてはならなかった。JICAからクレジットカードの使用はしないほうがよいと言われていたため全く使わなかったが、その分札束を持っている必要があった。日本円にしたら大した金額でもないのだが、ウガンダでは現地人価格と外国人価格の違いがあるので少し高いし、ドル払いが必要な場合もある。2週間と短めのため出張中は外国人向けのホテル住まいなので、そのホテル代(同行の職員の分もまとめて持っている)も少々まとまった金額となる。と言っても私は初日にホテルに払ってしまったのでそれは全く持ち歩きはしないのだが。
 で、貴重品はホテルに置くなと言われる。例年この出張の責任者は寅さんのお守りのような首掛け巾着にお金を入れて持ち歩いていたり、靴の中に入れていたりしたようである。その話をかみさんにしたら、カメラマンがよく着ているメッシュのベストを買ってきた。しかも誕生日のプレゼントとか言って買ってきているので着ないわけにもいかず、私はこの出張の間中ポケットだらけのベストを着続けた(スーツの時を除く)。そんな変わった格好をしているのでホテルのセキュリティの人などにすぐに憶えられたが。S_p1130382_2
 そんなわけで長袖のシャツでも過ごせるが、やっぱり暑い。特に昼間日なたで体を動かしていると暑い。そしてのどが渇くのだが、もちろん水道の水は飲めない。

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2010年10月22日 (金)

東京への憧れ

 私が憧れているわけではない。憧れているのはたぶん大阪の人たちである。
 大阪府を東京都のようにしたいと騒ぐ橋下知事があんなにウケて空前の支持率、アンケートでも特別区を作る話に多くの賛成票が入っているらしい。
 大阪には東京にはない大阪らしさがあって、東京のマネなどではなく大阪にオリジナルのもっと別のものがあってしかるべきと思う。それが口を開けば東京との比較ばかりで、他を寄せ付けないオリジナルの話というのは意外と少ない。ライバルと言えば聞こえはいいが、そもそも相手にしないとか他に敵がいるとかそういう展開を本来なら期待したいものである。
 タイガースもジャイアンツとの試合など意識するべきではなく、そもそも優勝を目指すことに執心してほしいものである。すなわち、東京というライバルだけに勝つことを目指しても1番にはなれないのである。負けたらあかんで東京に、とか東京でなくすべてに負けないことを目指してほしいものである。
 まあ、そういう意味で大阪の人は頭が悪いと思う。少なくとも、橋下さんに期待していてはろくなものにならないであろう。やることといえば、敵を作ってイキがったりやっつけたりするだけなのだから。

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2009年11月27日 (金)

仙台今年3回目

 今年3度目の仙台。2月の松島、10月の出張に続き昨日も出張。
 前回出張で運んだクロサイのアースくんの元気な姿を確認して、午後は会議。
新幹線のおかげで仙台もすっかり日帰り圏内になってしまった。帰れないとなれば夜も時間を気にせずまったりできるのだが、ヘタに帰れるので終電でバタバタしたりするのである。
2140時仙台発の新幹線で家まで帰りつけるとは考えてみなかったが、それで帰っているあたりは自分らしいとも思う。

 家に帰り着いたのは25時過ぎ。終電より1本早く帰れた。収穫としては、大宮で23時を過ぎても新幹線に乗れば帰れるということがわかった、というのがあった。なるほど。

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2009年11月24日 (火)

札幌駅の近くで

Dscn3056a  今年2度目の北海道。5月に知床に行ったときはこれから木々の芽が開くという時期なのに半袖で過ごせるような夏日が続いてあまり北海道の雰囲気を味わえなかった。ただ行った時はピンポイントでフェーン現象が起こる頃だったらしく、別に特別でも何でもなかったようである。

 今度は11月、結構寒いから気をつけろと言われてやってきた。土曜の朝から研究会(研修会?)なので金曜の夜のうちに札幌に行くことにした。うちから羽田はあまり早い時間には行けないのである。

 夜の新千歳空港に降り立つと、これがちっとも寒くない。札幌駅を降りて時計台近くのホテルに向かったが、近くを通る人たちはさすがにぼちぼち厚着である。しかし寒くない。

 チェックインの後、門限のないホテルを出てとりあえず晩飯にありつきたいと思う。が、ホテルの従業員に「近くにラーメンを食べられるところはありますか?」と聞くと
「この辺の店はみんな10時には終わっちゃうので、ススキノに行けばあると思いますけど」
と申し訳なさそうに話す。この辺の人口密度は22時以降ススキノだけ激高の真っ赤っかなのだろうか。

 地道に探すしかなさそうなのでホテルを出ると、隣のビルの入り口に立つA型看板が気になった。夜でも定食があると書いてある。そのビルにもホテルがあるのか、上から降りてきた若者たちも看板を見ている。彼らも即決で、私もその後に続いて入った。

 地下の店はカウンターと座敷の店内が一望できる明るい雰囲気だった。「定食ですか?」と店の奥さんらしい人に聞かれる。飲むのか食うのかで大きく分かれるらしい。とにかく腹が減っているので定食を見せてもらうがラムは売り切れだと言われた。北海道に来て生姜焼きとかハンバーグとか今ひとつな感じである。煮魚定食も今日は鯖味噌だと言われた。鯖味噌は好きなのでそれにした。しかしそれだけではやや物足りない。アルコールのページを見ると焼酎が売りらしい。鹿児島とか熊本とか書いてある。1000km移動して逆向きに2000kmの方角を見ている。上り列車で寝過ごして気がついたら三浦半島にいるような感覚である。できれば地酒がほしい。北海道の酒もふたつほど書いてあるがいちばん下に「他にもおすすめの地酒あります」とある。店員さんが来た時に聞いてみた。「他のおすすめってなんですか?」
「東北のお酒になってしまうんですけど……」結構です。

 結局増毛の酒「國稀」を頼んで、1合の酒を通しのエビチリつまみながらちびちびやって、その後鯖味噌が来て(順序は逆がよかったかも)、でも鯖味噌が美味くて大きかったので満足してホテルに帰りぐっすりと寝たのである。

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2006年9月29日 (金)

山口

Dscn3882_1 元同業者(大先輩)で大学教授のZOOMAN先生が山口に行ってきたというので、去年の写真を振り返り。湯田温泉駅前の巨大な白狐。

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