2014年9月30日 (火)

小さな充電池

 ヤマダ電機の500円券が9月いっぱいなので、かみさんにまた単3型ニッケル水素充電池を買ってきてもらった。
 かみさん曰く、「容量は90mAh少ないけど2万回使えると書いてあったから18000回よりいいと思って」。2万回?いつの間にそんな大胆な進歩を?2千回ではなくて?
 見たら2千回だった。それでもかつて500回だったことから考えると結構な進歩である。
 2万回充電できるとしたらそれは売りになるのか考えた。充電にぼちぼち時間を要するので1日1回充電するとして、1年で365.25回、10年で3652.5回、54年9か月余り使える。いくら充電池とはいえそんなに長く使うか?
 それで思い浮かんだのが例の歌だった。
 小さな単3充電池 おじいさんの電池
 100年いつも働いていた ご自慢の電池さ
 おじいさんの生まれた朝に 買ってきた電池さ
 いまは もう 0ボルト その電池
 100年休まずに 放電充電
 おじいさんといっしょに 放電充電
 いまは もう 0ボルト その電池

「いまはもう動かない」じゃないの?とかみさん。電池は動きませんから。残念。

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2011年4月21日 (木)

福島民医連と10mcSv

 福島民医連では「正確に学ぶ放射線・人体への影響(齋藤紀医師)」という講演録をサイトに載せていた。http://bit.ly/dLv2fh

 それに対して、twitterで記載に対する異議が出ていた。

Mihoko_Nojiriめったに晒し上げはしませんが、今日はやります。このサイト(福島県民医連)の正確に学ぶ放射線・人体影響という資料の3page があまりにひどいのでみてみて。http://bit.ly/dLv2fh 
Mihoko_Nojiri僕がいったんじゃないで「原爆被爆者の場合 1000ミリSv → がん発症率が47%増加 今回の被曝線量でそのまま推計した場合 10マイクロSv → 0.00047% 」3月21日の時点で 10μSv どこで!http://bit.ly/dLv2fh 
Mihoko_Nojiri飯舘村なら、3月21の時点で 7mSv はあったよ。いやーびっくり μSv/h と μSvの区別くらいしてください。ー> http://bit.ly/dLv2fh 
Mihoko_Nojiriここに引用資料ででてたからついみちゃったんですけど、いやー驚いた。http://bit.ly/hWEnB4

 私は労組で福島民医連と関連した上部組織のところに加入しているため、そのような批判が出ているということをサイトの問い合わせフォームから連絡した。その返答は以下の通り。

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ご指摘の件,掲載者としてあらためて点検しました。
ご指摘と思われる部分はあくまで被曝線量と晩発性障害の発生リスクの上昇の関係について説明をした部分であり,ここで使われている10マイクロシーベルトが積算被曝量の仮定的な値であって“/h”を意味しないことは明らかです。

宝くじ理論を説明した部分を講演録から引用しますと,
①「おしなべて全員同じように発症させるんではなくて、確率的にごく限られた率で発症させる」
②「当たるか当たらないかは線量が高くなるにつれて当たる確率が上が(る)」
齋藤医師は放射線被曝による障害の発生には閾値はないという立場ですので,意図して②ではじめて線量の高低を話題にしています。

以上「SvとSv/hの区別も付いていない」という指摘についてはこれにあたらないという立場をご説明差し上げました。

「事故直後の放射線被曝への恐怖とどう向き合うか,背負ったリスクを過小にも過大にも評価せず福島の地でどう生き,活動するか」が講演の主題でしたし,HPに掲載した1ヶ月その目的を果たしてきたと考えます。
原発事故から1ヶ月余が経過して政府が計画避難地域を発表するなど情勢が進展していることを勘案し,齋藤医師とも相談の上でHPから講演録を削除しましたことを申し添えます。

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つまり、「今回の被曝線量」というのがどこでどのような被曝を受けた事を想定しているのか全く書いていないが、10マイクロシーベルト(毎時ではない)は単なる少ない例として挙げたまでで、当時どこかで10mcSv/hくらいの線量が出ていると考えられていたとか、飯舘村での計測は数mSvだったとか、そういったことは勘案せず例えの数字として挙げたということだろうか。時期的に微妙な数値だったのと、3月21日時点の線量がそのくらいとは書いていないのにそうとらえてしまったややあわてた読み方と、諸々が重なり合わせられた結果、ということだろうか。
 紛らわしいことをしない、あわてない、冷静に資料をみる、いずれもこのような不安定な時に必要なことである、とは言える。

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2010年6月 6日 (日)

「飛行機は自動車より安全」のウソ

 「飛行機が自動車よりダントツに安全」という主張はエセ科学の典型といっても過言ではない。

 飛行機を安全とする理屈の根拠は、おおよそ年間の死者の数であることが多い。日本の国内で比較するだけでも、自動車の事故による死者の数はとても多いから自動車は非常に危険だという話である。

 そもそも、何をもって「より危険」とするのか、その基準は全く曖昧である。飛行機が運ぶ人数と自動車が運ぶ人数は1年間の合計でほぼ等しいのか?総数だけで比較するのならまず分母を揃えなくてはお話にならない。次に、事故の数の比較をして多いとか少ないとか言うが、飛行機はほとんどがプロの操縦で大型機を飛ばすのに乗っているのだから、比較対象はバスとか乗り合いタクシーとかその範疇に限定されなくてはおかしい。事故るのは素人が多くて当たり前なのである。もちろん、素人の運転する車が安全運転のプロの車に突っ込んでくることも確かにあるのだが。

 事故数対死亡数の比も危険度において無視できるものではない。車の事故は、程度の多少により死亡率は変動する。しかし、飛行機の事故は、故障の程度にかかわらず高いところから落ちたりかなりの速度でぶつかったりするので規模はほとんどが大きいのである。つまり事故が起きた時に死亡する率は飛行機のほうがダントツに高いのである。

 自分の都合の良いように考えたり、考えが非常に浅かったりすると、それはエセ科学につながる。客観的かつ深い考察があってこそ、科学の話ができるのである。

 学者の肩書きでウソはいただけない。

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2008年8月 7日 (木)

あくび伝達物質

あくびには伝達物質があるんじゃないか
http://indy-gadogawa.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_0453.html

人間のあくび、犬にも「伝染」することが判明=英研究
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080806-00000011-reu-int

ほら、類人猿でなくてもうつるでしょう。
研究したいんですけどねえ。
興味のある人はいませんかねえ。

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2008年5月 9日 (金)

宇宙基本法案

 宇宙基本法案なる宇宙軍事利用に関する法案がいよいよ動き出したらしい。

 日本の宇宙開発は非軍事の縛り付きで始まった。宇宙という未開の地?が奪い合いや占領の場所にならないようにされていたのは、頭の上を制圧されてはたまらないという当たり前の領土問題と、自然科学に対する敬意であったと考えられる。宇宙といえば空想とロマンの場所であった。

 しかし、どんな場所でも戦争を始めるのが人間なる存在の悲しい性で、スターウォーズだったりスタートレックだったり、広い海原みたいに巨大な戦艦が進んでいくのを見るとそんなのが好きな人間にはたまらないのであろう。そして情報こそが最大の武器である最近の(いや、昔からの)戦争では相手の手の内がのぞけることと、のぞいているヤツをやっつけることは第一の戦略である。

 科学が進歩したことには、技術の進歩との密接な関係がある。技術の最たるものは軍事技術であり、国家規模で大金を使い内緒で育てる技術は必ず最先端であると言っても過言ではない。技術は不可能だと思われていたいろいろを可能にしてきた。

 ただ、何でも可能にすればいいのだろうか。節度とか歯止めとかいう言葉がある。これは越えてしまうと弊害があったり、つまらなくなったり、あったものがなくなってしまったりする、そんな目に見えない境界線のことである。節度を失った人間は、客観的に見て実に情けない。

 節度とは守ることにこそ意義がある。それを外した場合、およそ破滅に向かうからである。野生動物を簡単に飼うべきではない、触れるようにするべきでないと言われるのはその動物を失いたくないがゆえである。節度がなくなり、誰でも近寄れるようになるということは、守るべき間合いを失うということでもある。自然と文明とは距離があって初めて互いが成り立つ。
 男性はおよそきれいな女性に興味がある。かつて男性は歯止めを外して女性を自由に扱おうとした。しかしそれがどんなことになったのかは周知の通りであり、人格とかそのものの「格」を失わせる行為はそれだけでなく全体を破滅させる。野生動物に対する歯止めをはずそうとする行為は、この「格」を野生動物から奪う行為と言えるわけである。
 宇宙というものに対する歯止めの除去も、宇宙や科学における「格」が失われることなのである。

 宇宙基本法案は防衛に限定すると書いてあるらしいが、軍事に防衛と攻撃(=侵略)の境目を付けるのは難しい。前の戦争も始めた時は「防衛だ」と言っていたし、アメリカは西アジアへの攻撃を「最終的にはアメリカの防衛だ」と言い放っている。モノが軍事になった時点で、すでに歯止めはなくなったも同然なのである。

 その歯止めは日本国憲法の第9条である。9条は全ての軍事利用を禁止している。それは「防衛」という言い訳が成り立たないことを意識した上での文章なのである。だが結局アメリカと保守派はその大原則を無視して「防衛に限定すれば可」という「解釈」を定義した。その定義そのものが矛盾なのであるが。

 この法案、民主党も法案提出者の一角であるという。暫定税率で「庶民の味方奮闘」みたいな顔をして国会で祭りをしていた民主党も、この法案の審議では「政治というモノは」的なしたり顔で淡々と進めようとするのに違いない。かつて社会党だった議員や自称「リベラル」たちもこういう問題ではただひたすら「党の方針」に従うのだろうか。個々の主張もない政党政治に未来はない。切ったら切り口がどうなのか知らないが、切りもしない塊のままでは自民党と(公明党と)何の違いもない。税金をネタにたまに争って見せたところで、そんなものは茶番だ。

 劇場型政治から脱却しなくては、マスコミのスポンサーだよりのニュース制作をやめさせなければ、市民はこのまま騙されっぱなしで一部の人間の思うつぼであろう。一部の人間は豊かな生活、その他大勢は働きアリである。いや、アリほどの自由もない歯車か。

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2008年3月16日 (日)

アレルゲンは?

 花粉症である。

 いわゆる花粉症の症状が今年もひどい。発症したのは12/30、強風が吹いた日だった。その頃から花粉が飛んでいたのか詳細はわからない。秋にも花粉症の症状が出ることもある。おそらくブタクサのアレルギーがあると思われる。ちなみに仕事場はオオブタクサだらけである。

 しかし不思議に思っていることもある。微妙な症状は年末から続いていたわけだが、2月になって黄砂が飛んで来た日に症状が激化した。今季は昨季に比較して花粉は多いもののいわゆる平年との比較でそんなに多くないという。が、黄砂の飛んだ日以来、私の症状は平年やら多い年やらと変わりなくひどい。

 振り返ると高校生の時から花粉症らしい症状があった。当時は花粉症に途中から「かかる」などという話はあまりメジャーではなくそんなものではないかと思っていた。大学に入ってからアレルギーの検査を受ける機会があった(血液検査で抗体を調べた)が、抗体価が高かったのはブタクサだけであった。

 つまり、最近思うのは、「花粉症」のアレルゲンは実は黄砂(に含まれる何か)ではないかということである。状況証拠では実に疑わしいが、黄砂というものの存在自体ファジーなので裏を取るのは難しそうだ。

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2007年11月13日 (火)

ツボカビはどのくらい危険か

 爬虫類と両生類の臨床と病理の研究会主催、第6回ワークショップ「両生類 -無尾類とカエルツボカビ-」という研究会に参加してきた。研究者が最新の情報を持ってくるので非常に役に立つ研究会だと思っている。母校で開催しているのも行きやすい理由のひとつではある。

 カエルツボカビはかなりヤバい病原体である。カエルの皮膚に潜り込んで皮膚を壊しながら水中に分身(遊走子)を撒き散らす。皮膚が広範囲に壊れて全身症状により死亡する。オーストラリアなどではアウトブレイクが起こっている。ウイルスと比べれば防御しやすい病原体ではあるが、しかし自然環境でアウトブレイクを起こせるだけの感染力があるので警戒が必要である。

 この研究会では、「日本の地域に生息する野生種にツボカビがどの程度の悪さをするのか」を実験した報告があった。しかしこの実験にはいささか腑に落ちないところがあった。
 簡単に条件を書くと、野生のカエルを野外で捕獲し、その何種類かを実験群と対照群に分け、土の部分とカエルが入れる大きさのカップに入れた水の部分とがあるあまり広くないケースにカエルを入れ、水は実験群がツボカビ入りと考えられる水(他地域種で発症しており体表ぬぐいスワブのPCRでツボカビを確認したカエルが入っていた水)、対照群が普通に飼育に使う水で、それぞれ1週間に1回水を替えるという方法で発症と死亡について調べていた。結果としては死亡数が実験群16に対して対照群が8、実験群では4個体がツボカビ症と診断され、ツボカビ病の症状により死亡したと考えられる状況だったというものである。

 会場で出た質問が「1週間も水を替えなかったら普通でも死にますがな」というものであった。どうやら感染水の量があまりなかったのと、頻繁に替えるとかえってツボカビ症の症状が改善されてしまうというデータもあるためあえて頻度を落としたのと、両方理由があって1週間に1回の水替えらしい。

 実験は結果を期待できる条件にして予測が当たったことを証明する方法が一般的であるとも言える。もちろん、リアリティを追求してそういうわざとらしいことをしない実験も増えてきている。しかし、研究者の実験は結果が出て、発表ができてようやく価値がある、という事情もある。だからあまり頻繁に水を替えてしまうと感染はひどくならないし、カエルが弱ってしまうような状況のほうがツボカビも悪さをしやすい。予測を立ててそれを証明するというセオリー通りの実験ではあるが、どうもわざとらしさがぬぐえない。
 たしかにそういう条件では日本のカエルも感染して症状が重くなって死亡するということが分かった。しかし自然界で同様の状況が簡単に起こり得るのか。アウトブレイクはそうして起こったのか。

 実験は条件を単純にして調べるべきもののシングルでの影響を見ようとする。しかし世の中の事象は多くの因子が入り乱れて原因となっており、決してひとつのことだけが原因で悪いことが起こっているのではない。証明は難しいが、でも多くの要素が関係してそうなことは見ていて感じなくもない。

 「そんなに生活条件悪くすりゃ、どんなに健康だったやつもどんなに病原性の弱い病原体でも感染と発症が起こるよ」と言われてしまう。ではアウトブレイクの起こった地域ではどんな悪い要素があったのか、そちらのほうに興味は向く。会場では発言の多くが「そんなに条件を悪くしてその結果だったら、普通にしていれば発症しないような病原体なのではないか」という感じの意見であった。あまりに見え見えで極端に条件を悪くするような実験は信用を得にくい。対照群で8個体も死んでしまっている。

 「実験群も皮膚にツボカビが入り込んでいるのをPCRや病理検査で確認したとはいえ、他の条件で死亡したのではないか」という質問もあったが、病理検査をした先生は「ツボカビによる病変は強く、これで死亡したのは間違いないと思う」とコメントした。つまりかかって死んだかどうかはツボカビの取り付き具合や病変の具合に因ると言える。ならば対照群は必要だったのか。
 ツボカビ入りの水を使っていないし、PCRで陰性が確認されているカエルのところにツボカビが湧いて出てくるはずもない。死んだカエルがツボカビのせいで死んだのか、別の要因で死んだのかを確認するならツボカビに触れさせないカエルは関係ない。
 つまり、対照群の存在価値はあまりないのである。それを1週間も水を替えないで死なせてしまっているのはかなり無駄死にと言える。確認できるといえば、1週間水を替えなかったら死ぬかどうかという飼育の(半ば)常識を再確認する実験だったということになる。

 この実験から言えることは、環境がかなり悪いとツボカビはある程度悪さをするという結論である。(そしてツボカビに弱そうな種も示唆された。)環境が悪ければ免疫力が落ちる。ツボカビに限らず様々な病原体に共通することである。ツボカビのアウトブレイクにはどのような別要因が絡んでいたのか、結局多くの条件が複雑に影響して事件を起こしていたのではないかという疑いを、この単純化した実験が証明したかのような皮肉な感覚を研究会の参加者たちは得ていたように思えた。

 事は単純に起こっていないことの方が多い。アホウドリの個体数を回復させようと頑張っている研究者がいる。その努力には頭が下がる。が、その人の仕事はやはり単純にアホウドリの個体数を繁殖により増やす方向性のみで進められており、鳥島全体の環境を様々な方向から検討しているというわけではなかった。今後鳥島の環境とアホウドリの個体数増加が上手く進んでいくか、見ている方としてはやや心配である。
 物事は単純ではない。もちろんどこかに重点を置かないと仕事はやりにくいが、環境問題を考えていくには多方向の視点を持たないと上手くできないのではないかと改めて感じた先週の諸々であった。

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2007年9月 6日 (木)

アミロイドーシスは感染症か

 第144回日本獣医学会学術集会が江別で開催され、私の同僚が参加した。彼が持ち帰った講演要旨集を見せてもらったところ、驚くべき発表があった。
 それは日本獣医病理学会の一般演題B-18「牛アミロイド投与によるウサギの実験的アミロイドーシス」という発表で、アミロイドーシスであるウシの腎臓からアミロイドを抽出し、「飛節潰瘍症」に罹患している日本白色種のウサギに経口投与したら、その全ての個体で腎臓もしくは脾臓あるいは両方にアミロイドの沈着を確認したというのである。
 アミロイドはタンパクであり、経口で投与されたタンパクは通常アミノ酸に消化されて腸で吸収され、そのアミノ酸をもとに肝臓でタンパクが合成される。一度アミノ酸に分解されたものが再び同じタンパクに合成される保証はない。この発表では静脈投与でもアミロイド沈着が認められたということだが、血管内に入っているのならそのままの分布も理解しやすい。ウシ海綿状脳症などの異常プリオンタンパク原因説ではプリオンタンパクの摂取から吸収への構造が謎だが、アミロイドが同様に吸収されて分布する可能性があるとすればこれまた大きな問題である。消化吸収以外に組織内に入り込む術を持ち得るのか、それとも腸管などを介して組織内にコピーを合成させる能力があるのか。この発表では「飛節潰瘍症」のウサギにはアミロイドが沈着したが、健康なウサギでは静脈内投与してもアミロイドは沈着しなかったという。他の傷病との同時性が必要だという条件があったとしても、経口摂取からの吸収と発症が明らかなら、プリオン同様、感染物質として扱わなければならなくなる。
 私なら大問題だと思うのだが(これからはアミロイドを摂取しないように気を付けなければならない)、経口感染の可能性について質問がひとつ出たのみに留まったらしい。そんなことで大丈夫なのであろうか。

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2007年6月13日 (水)

共同の研究者を募集……しようかな

 乗る人がいるかどうかはまあ見ているとして。

 「アクビが伝染する」というのはよく言われる話。京大の霊長研はチンパンジーにアクビの映像を見せてアクビが「うつる」のを実験して証明した。ただこれは目で見ていた場合の話。

 インディ我戸川は動物園で働いているがゆえに、動物と絡むシーンは多々ある。動物はけっこう臆病者が多く(というか身を守るために慎重になるのは自明の理だが)、何かあれば緊張してしまう。動物の近くに行った時、動物が誰が来たのかわからないのか、それとも何をしに来たのかわからず怪しんでいるのか、とにかく訝しげにしていることがある。

 そんなときに深呼吸をして肺の奥の換気不全になっている空気を吐き出すと動物は安心して近付いたり怒るのをやめたりする。この深呼吸は口を大きく開けるわけでもなくあまりビジュアルに訴えてはいない。

 私の仮説はここにポイントがある。アクビを見て「伝染」するのは経験的に視覚に条件反射が生じているだけで、映像で通用するのは類人猿のように大脳皮質に頼る比率の高い動物に偏っているのではないか。そもそももっと化学的な要因により伝染するもので、そこには瞬間伝達(拡散)物質が絡んでいるのではないかと考えるものである。速い拡散をする物質だと考えるのは、先ほどの深呼吸のときに強い風が吹いていてもあまり関係ないからである。

 肺の奥に、動物を安心させるようなフェロモンが溜まっている。落ち着いている時は深い呼吸でこの物質が呼気に出やすい。逆に緊張時には浅い呼吸になるため肺の奥からこの物質は出にくい。リラックスしている時には肺の奥からこのフェロモンが出やすい。よって周囲にもリラックスが伝わりやすい。

 意義としては、生きていく上でリラックスが必要であるからと考えられる。緊張はストレスを産み、有り体に言えば寿命が縮まる。もちろん緊張は互いに干渉しやすく、全体でリラックスしないと個々だけでリラックスするのは難しい。

 で、私はそういう物質を探すとか調査するとかいう能力に欠ける。時間も、技術や知識も、である。動物園の臨床獣医師とはけっこう忙しい上にまるで物を持っていないもので、共同研究者なしではろくなことができない。このような研究をするには同じ興味や研究テーマを持った研究者が必要となる。

 これだけ書いておいて、実はすでに解明されていることだったら全くの無駄なのだが……。今のところそういった研究成果にはお目にかかっていない。

 共同の研究ができる人募集中。

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